淳熙(じゅんき)は、中国・南宋時代に孝宗の治世で用いられた元号。1174年 - 1189年。.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}プロジェクト 紀年法 淳熙元年2年3年4年5年6年7年8年9年10年
西暦等との対照表
西暦1174年1175年1176年1177年1178年1179年1180年1181年1182年1183年
干支甲午乙未丙申丁酉戊戌己亥庚子辛丑壬寅癸卯
金大定14大定15大定16大定17大定18大定19大定20大定21大定22大定23
西夏乾祐5乾祐6乾祐7乾祐8乾祐9乾祐10乾祐11乾祐12乾祐13乾祐14
淳熙11年12年13年14年15年16年
西暦1184年1185年1186年1187年1188年1189年
干支甲辰乙巳丙午丁未戊申己酉
金大定24大定25大定26大定27大定28大定29
西夏乾祐15乾祐16乾祐17乾祐18乾祐19乾祐20
出来事
乾道9年
11月9日:翌年より踰年改元の詔が下る。
淳熙元年
2月1日:交趾の李天祚を安南国王に冊封する。
2月16日:虞允文死去。
淳熙2年
6月:朱熹と陸九淵が理学の解釈をめぐって討論する(鵝湖の会)。
閏9月:荊湖・江西にて蠢動した茶寇が平定される。
淳熙3年
4月6日:靖州の渓?蛮が乱を起こす。
9月13日:軍政機構による官塩販売の利子取得を厳禁する詔勅が出る。
12月:蛮寇が黎州を急襲したが、すぐに逃げる。
淳熙4年
正月26日:淳熙暦が施行される。
2月18日:荊湖・四川・二広の渓?蛮を按撫し、辺境の撹乱を取締する詔勅が出る。
淳熙5年
正月6日:程頤・王安石の学説もって人材を選ぶことを禁ずる。
2月4日:州県に丁税司が設置される。
2月25日:威州を襲った蛮寇が平定される。
5月7日:武学国子員が設置される。
9月18日:岳飛に「武穆」の諡が贈られる。
淳熙6年
2月13日:武官の蔭補法を定める。
5月18日:?州の渓?蛮が反乱したが、このを按撫させる。
12月3日:『重修淳熙勅令格式』が公布される。
淳熙7年
3月18日:南康軍の白鹿洞書院が再建される。
4月22日:黎州の五部落が侵寇する。