深坂越
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深坂越
深坂越(福井県側)
所在地福井県敦賀市滋賀県長浜市
座標.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度34分55.5秒 東経136度6分47.0秒 / 北緯35.582083度 東経136.113056度 / 35.582083; 136.113056座標: 北緯35度34分55.5秒 東経136度6分47.0秒 / 北緯35.582083度 東経136.113056度 / 35.582083; 136.113056
標高364 m
山系野坂山地
通過路北陸本線深坂トンネル

プロジェクト 地形
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深坂越(ふかさかごえ)は、近江国塩津と越前国敦賀との間を結ぶ古道[1]。塩津山越え・塩津道とも呼ばれ[2][3][4]、深坂越ないし新道野越を経由して塩津と敦賀を結ぶ経路は塩津街道(五里半越)と呼ばれる。古代から用いられた道路であるが、新道野越が整備された近世以降は重要性は薄れた。

また、福井県敦賀市滋賀県長浜市を隔てる[5]山地上の鞍部をいうこともあり[注 1]、その峠を指して深坂峠と呼ぶ[8][3]

深坂古道の名称で全長3.8kmのハイキング・コースとして整備されており[1]、道中には平重盛の運河伝説にちなむ深坂地蔵[堀止(め)地蔵・塩かけ地蔵[9][10]]や笠金村紫式部の歌碑などがある[1]
地理

深坂越は越前と近江を結ぶ主要道路で、歌人の笠金村のほか、紫式部が父の藤原為時に同行した際にも通ったとされる[1]

特にルート上の野坂山地に位置する小地塊山地上の鞍部をいうこともあり[6]、福井県敦賀市追分から滋賀県長浜市西浅井町沓掛に至る旧街道の峠である[11][12][3]標高は364メートル[注 2]、標高差はおよそ250メートルである[12]。隣接する峠には新道野越七里半越がある。
整備状況

知りぬらむ往き来にならす塩津山世に経る道はからきものぞと紫式部[13]

深坂古道とも呼ばれており[4][14]、中部北陸自然歩道の一部となっている[15]。また、『湖国百選 水編』(1988年)には「深坂地蔵掘り止めの水」が、同『街道編』(1989年)には「深坂越」が、指定されている[16]

滋賀県側は沓掛スノーステーションを起点とする旧道と、近江鶴ケ丘バス停を起点とする新道の双方があり、このうち旧道は2013年に整備されて再び通行が可能になった[1]。この旧道と新道の合流地点の先から深坂地蔵への参道が続いており[1]、深坂地蔵堂には多くの参拝者が訪れる[17][18]。福井県側は、本来の古道がやや拡張されているもののそのままの経路で残されており[17]、かつてこの峠を越えた歌人の笠金村後述)や紫式部の歌碑や[2][4]、古道の由来を記した複数の案内板が設置されている[18]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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