海東高僧伝
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海東高僧伝
海東高僧傳
著者覚訓

発行日嘉定8年(1215年
ジャンル高僧伝
高麗
言語漢文

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『海東高僧伝』(かいとうこうそうでん、?????)とは、高麗で編纂された高僧伝嘉定8年(1215年)に覚訓が撰述した[1]。長らく失われていたが、19世紀末に一部が再発見された[2]
概要

本書は現存するほぼ唯一の朝鮮の高僧伝であり[3]三国時代の僧侶の伝記を収めている[4][5]。現存するのは最初の2巻のみであり[5]、これは「流通」にあてられている。また朝鮮では訳経がなかったため、「訳経」はない[6]。他に、了円『法華霊験伝』の「顕比丘尼身」という説話に、「出海東高僧伝第五」とあるため、少なくとも5巻以上であることが解る[7]
写本
朝鮮光文会本
李晦光が
星州の寺で発見した写本。1910年、朝鮮光文会に寄贈されたが、現在は所在不明[2]。1927年、崔南善が『仏教』37号に翻刻を掲載した[8]
浅見倫太郎本
1914年4月25日、浅見倫太郎が京城の古書店で購入し、1917年に「渡辺彰所蔵古抄本」と対校した写本。この渡辺彰所蔵古抄本が何かは不明。現在はカリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館所蔵[9]。浅見がこれを書写して、黒板勝美に贈り、それが、『大日本仏教全書』(1917年)に収録された[10]
内容

巻1流通1順道亡名[11]義淵曇始摩羅難陀阿道(黒胡子・元表)・玄彰[12]・法空(=法興王)・法雲(=真興王
巻2流通2覚徳(明観)・智明(曇育)・円光(円安)・安含(僧2人・漢僧3人・曇和・安広)・阿離耶跋摩・慧業・慧輪・玄恪(玄照・亡名2人)・玄遊(僧哲)・玄大梵

脚注^ 『海東高僧伝』序論:"佛入滅至今乙亥。二千一百六十四年。"
^ a b 小峯・金編訳, 解説, p. 361
^ 小峯・金編訳, 解説, p. 375
^ 鎌田茂雄, 「改訂新版 世界大百科事典」, 平凡社
^ a b 小峯・金編訳, 解説, p. 357
^ 『海東高僧伝』序論。小峯・金編訳, 解説, p. 366
^ 小峯・金編訳, 解説, pp. 366-367
^ 小峯・金編訳, 解説, p. 364
^ 小峯・金編訳, 解説, pp. 361-362
^ 小峯・金編訳, 解説, pp. 363-364
^ 名前不明の意
^ 本文無し


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