『海へ』(うみへ、英語: Toward the Sea)は、武満徹が1980年代に発表した楽曲である。「夜(The Night)」、「白鯨(はくげい、Moby Dick)」、「鱈岬(たらみさき、Cape Cod)」の3曲によって構成され[注 1]、演奏時間は12分[4][5][6]。「アルトフルートとギター」、「アルトフルートとハープ、弦楽合奏」、「アルトフルートとハープ」という、演奏形態が異なる3つのバージョンが存在し、それぞれ『海へ』、『海へII』、『海へIII』として出版されている。なお、本記事においては3つのバージョンの総称として『海へ』という作品名を使用し、アルトフルートとギターによるバージョンの作品名については混同を避けるため『海へ(I)』と表記する。
作品は段階的に成立しており、まず、アルトフルートとギターによる第1曲「夜」が自然環境保護団体グリーンピースの鯨保護キャンペーンのために書かれ[1][7]、次いで、土本典昭監督の映画『水俣の図・物語』の音楽として「夜」がアルトフルートとハープ、弦楽合奏用に編曲された[2]。第2曲「白鯨」と第3曲「鱈岬」は「夜」が初演された後に書き足されたものである[1][3]。
『海へ』は、1980年以降の作品に特徴的な調性的な響きを持つ作品であり[8][9][10]、武満が好んで用いた「SEAモチーフ(海のモチーフ)」が全曲にわたって使われている[11]。
作品成立の過程
セーブ・ホエールザトウクジラメルヴィル『白鯨』のイラスト
1971年にカナダで創設されたグリーンピースは、1975年から鯨保護(Save the Whale)キャンペーンを展開していた[12]。グリーンピース財団はその一環として作家や写真家など様々なアーティストの作品を収録した書籍を発行することを企画し[7]、作曲家にも協力を求めた[13][7]。レナード・バーンスタイン、ジョージ・クラム、マリー・シェーファー、ジョン・ケージ、ヤニス・クセナキス、ロディオン・シチェドリンなど11名の作曲家[注 2]がこれに応じて楽曲の草稿を提供し[13][7]、武満はその中の一人として『海へ(I)』の第1曲「夜」を作曲した[1][7]。なお、出版譜の「夜」の末尾には「August 1980 Tokyo」と記されている[14]。
「夜」は1981年2月、カナダのトロントにおいて、ロバート・エイトケンのアルトフルートとレオ・ブローウェルのギターによって初演され[2]、その後、第2曲「白鯨」と第3曲「鱈岬」が書き加えられた[1]。
追加された2曲のタイトルはそれぞれ、アメリカの作家メルヴィルが1851年に発表した小説『白鯨』、19世紀に捕鯨船の基地として栄えたアメリカのケープコッド(鱈岬)に因んでおり[2]、いずれも鯨に関係しているもののグリーンピースの鯨保護とは趣旨が異なっている。これは武満が、自然環境を保護しようというグリーンピースの精神や実践には深く共鳴しながらも[2]、捕鯨に対する考え方が彼らとは異なっていたことによるものである[2]。