浜川崎駅
南武線駅入口(2023年5月)
はまかわさき
Hama-Kawasaki
所在地川崎市川崎区南渡田町1-2
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度30分37.5秒 東経139度42分48.5秒 / 北緯35.510417度 東経139.713472度 / 35.510417; 139.713472 (南武線 浜川崎駅)
浜川崎駅(はまかわさきえき)は、神奈川県川崎市川崎区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。 乗入れている路線は、東海道本線(貨物支線)・鶴見線・南武線(浜川崎支線、旅客案内では「南武支線」)の3路線であり、このうち東海道本線を当駅の所属線としている。但し旅客営業を行っているのは南武線と鶴見線のみであり、両路線の乗換駅となっている。当駅は川崎市内にあるが、特定都区市内制度における「横浜市内の駅」として扱われる。駅番号は鶴見線がJI 08、南武支線がJN 54。 東京貨物ターミナル駅方面へ通じる東海道本線支線は貨物列車専用である。この東海道本線支線は南武線浜川崎支線と合わせて東海道貨物線を構成しており、2路線の相互間は当駅に停車せずに直通運転が可能な構造となっている。 当駅と同様に、同一駅名でもそれぞれの路線の駅が別にある例として、1985年(昭和60年)に開業した新花巻駅(東北新幹線と釜石線)、そして1988年(昭和63年)に開業した三河安城駅(東海道新幹線と東海道本線)、2011年(平成23年)に新幹線駅が開業し、在来線駅が新幹線駅傍に移設された筑後船小屋駅(九州新幹線と鹿児島本線)がある。国鉄時代には他に尼崎駅(東海道本線・福知山線と福知山線尼崎港支線)、宇美駅(香椎線と勝田線)、石巻駅(仙石線と石巻線)が存在したが、当駅以外の3駅は路線自体の廃止や、駅機能統合によって消滅した。 この浜川崎駅の場合は、南武線を建設したのが南武鉄道、鶴見線を建設したのが鶴見臨港鉄道と別の鉄道会社(私鉄)によるもので、それぞれが戦時買収で国有化されて国鉄に編入された事が原因である。それでも南武鉄道の新浜川崎駅は国有化時に、乗換の便を図るため元鶴見臨港鉄道の浜川崎駅へ出来るだけ近付けるよう移設が成されている。
乗入路線
歴史
1918年(大正7年)5月1日:鉄道院東海道本線貨物支線(この時点では川崎 - 浜川崎間の盲腸線だった)の終着貨物駅として浜川崎駅が開設[1]。
1926年(大正15年)3月10日:鶴見臨港鉄道の貨物駅として浜川崎駅が開設[1]。
1929年(昭和4年)3月14日:鶴見臨港鉄道の貨物駅として渡田駅が開設。
1930年(昭和5年)3月25日:南武鉄道の貨物駅として新浜川崎駅、浜川崎駅が開設[1][2]。
4月10日:新浜川崎間の旅客営業を開始[2]。
10月28日:渡田駅の旅客営業を開始。
1943年(昭和18年)7月1日:鶴見臨港鉄道が国有化、路線は鶴見線となる[3]。渡田駅を浜川崎駅に統合し鶴見線ホームとし、浜川崎駅の旅客営業を開始。
1944年(昭和19年)4月1日:南武鉄道が国有化、路線は南武線となる[4]。新浜川崎駅を浜川崎駅に統合し南武線ホームとする。
1951年(昭和26年)10月12日:一般車扱貨物取扱廃止[5]。
1960年代には、ベトナム戦争の米軍用燃料を立川基地、横田基地に輸送する起点駅だった。
1971年(昭和46年)3月1日:鶴見線改札を無人化[3][6]。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる[3][4]。東海道貨物線品川 - 当駅 - 鶴見間が品川 - 浜松町 - 当駅と鶴見 - 八丁畷に整理される。
1993年(平成5年):南武線改札を無人化。
2002年(平成14年)3月22日:Suica供用開始[7]。
2022年(令和4年)2月28日:自動券売機の営業終了[8]。