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浅茅 しのぶ(あさじ しのぶ、1925年11月14日[1] - )は、日本の女優。本名:木全鈴子。大阪府大阪市出身[1]。志母沢事務所に所属していた[1]。 宝塚歌劇団出身(28期生。在団1938年 - 1954年)。同期に1963年から1976年まで月組組長を務めた美山しぐれがいる。宝塚入団時の成績は29人中16位[2]。 宝塚歌劇団在団中の1953年6月13日、ベルリン国際映画祭に出席の為に山口淑子・川喜多長政・稲垣浩監督・五所平之助監督とともに西ドイツへ出発。約1ヶ月半後の同年7月29日に稲垣監督と共に帰国。当時はまだ海外渡航自由化の遥か前で、大変貴重なヨーロッパ訪問となった。日本出発時の飛行機のタラップ(屋根なし)での写真が現存する。 1954年1月31日[2]に宝塚を退団。最終出演公演の演目は星組公演『薔薇の大地[2]』である。 宝塚退団後は、映画・舞台・テレビドラマに出演した。
来歴
千姫(1953年)
悲剣乙女桜(1953年)
トンチンカン 怪盗火の玉小僧(1953年)
旅はそよ風(1953年)
トンチンカン八犬伝(1953年)
この恋五千万円(1954年)
別離(1954年)
陽は沈まず(1954年)
素浪人日和(1954年)
おとこ大学 新婚教育の巻(1954年)
えくぼ人生(1954年)
地獄への復讐(1954年)
銀座令嬢(1955年)
酔いどれ囃子(1955年)
次男坊判官(1955年)
風雲日月双紙(1955年)
お役者小僧 江戸千両幟(1955年)
愛情会議(1955年)
顔のない男(1955年)
白い橋(1956年)
忘れえぬ慕情(1956年) - 共演はドイツの俳優ゲルト・フレーベ
四人の誓い(1956年)
阪妻追善記念映画 京洛五人男 (1956年)
たぬき(1956年)
スタジオ超特急(1956年)
女優誕生(1956年)
花ふたたび(1956年)
酔いどれ牡丹 前篇・地獄の使者(1956年)
酔いどれ牡丹 後篇・深夜の美女(1956年)
踊る摩天楼(1956年)
家庭教師と女生徒(1957年)
母と子の窓(1957年)
夢に罪あり(1957年)
黒い花粉(1958年)
女ざむらい只今参上(1958年)
バラ少女(1959年)
伴淳・アチャコのおやじ教育(1959年)
伊豆の踊子(1960年)
スパイ・ゾルゲ/真珠湾前夜(1961年) - 共演はドイツの俳優マリオ・アドルフ
秋刀魚の味(1962年)
色ごと師春団治(1965年)
八つ墓村(1977年)
新・人間失格(1978年)
テレビドラマ
バス通り裏(1958年、NHK)
松本清張シリーズ・黒い断層 第32?34回「危険な斜面」(1961年、TBS)