浅尾慶一郎
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日本政治家浅尾 慶一郎あさお けいいちろう
2022年6月、演説する浅尾
生年月日 (1964-02-11) 1964年2月11日(60歳)
出生地 日本 東京都
出身校東京大学法学部
スタンフォード大学経営大学院
前職日本興業銀行従業員
所属政党(新進党→)
新党友愛→)
民主党民社協会鳩山G)→)
みんなの党→)
神奈川みんなの改革→)
無所属→)
自由民主党麻生派
称号法学士
MBA
配偶者あり
親族祖父・浅尾新甫
祖父・三谷隆信
曽祖父・浅尾長慶
曽祖父・樋口秀雄
曽祖父・長尾半平
大伯父・三谷隆正
大叔父・山谷省吾
大叔父・川西實三
従叔父・川西進
伯父・三谷信
伯父・井口武夫
叔父・鮎川弥一
従兄・鮎川純太
公式サイトあさお慶一郎
参議院議員
選挙区神奈川県選挙区
当選回数3回
在任期間1998年7月 - 2009年8月18日
2022年7月26日 - 現職
衆議院議員
選挙区(比例南関東ブロック→)
神奈川4区
当選回数3回
在任期間2009年8月30日 - 2017年9月28日
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浅尾 慶一郎(あさお けいいちろう、1964年2月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の参議院議員(3期)、自由民主党政務調査会長代理兼参議院政策審議会会長代理、参議院議院運営委員長

衆議院議員(3期)、みんなの党代表(第2代)、同幹事長(第2代)、同政策調査会長(初代)、参議院財政金融委員長などを歴任した。
来歴

東京都出身。栄光学園中学校・高等学校東京大学法学部卒業[1]1987年、大学を卒業し日本興業銀行に入行。1992年アメリカ合衆国スタンフォード大学経営大学院を修了し、経営学修士号 (MBA) を取得した。1992年から1995年まで日本興業銀行本店プロジェクトファイナンス担当。1995年新進党が実施した候補者公募に応募し、合格したため日本興業銀行を退職した。

1996年第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で神奈川4区から出馬し、旧民主党前職の中島章夫の得票は上回ったものの自由民主党公認の飯島忠義の後塵を拝し、次点で落選(新進党は一部の例外を除き、重複立候補を認めていなかったため比例復活はできなかった)。1997年、新進党の解党に伴い、新党友愛の結党に参加し、1998年民主党に合流した。

1998年第18回参議院議員通常選挙に民主党公認(公明及び改革クラブ (1998-2002)推薦)で神奈川県選挙区(定数3)から出馬し、得票数トップで初当選を果たした。2002年6月よりワットマン監査役を務める。2004年第20回参議院議員通常選挙で再選(得票数2位)。同年、参議院財政金融委員長に就任した。2005年9月から2006年3月まで、前原誠司民主党代表の下に設置された次の内閣でネクスト外務大臣を務める。

2009年第45回衆議院議員総選挙に際し、参院議員を辞職した上で衆議院神奈川4区から立候補したい意向を示していたが、民主党本部は元逗子市長の長島一由を公認。浅尾は神奈川8区からの立候補を党側から提案されたが、これを拒否。7月24日、民主党に離党届を提出し、再度神奈川4区からの出馬を明言した。民主党は離党届を受理せず、同日付で浅尾に除籍処分を下した[2]8月8日みんなの党の結党に参加。同党公認で神奈川4区から出馬し、選挙区では民主党公認の長島一由に敗れたが、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活した(総選挙への立候補に伴い、公示日の8月18日に参院議員を自動失職)。当選後、みんなの党政策調査会長に就任。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、みんなの党公認で神奈川4区から出馬し、京都2区から国替えした自由民主党の山本朋広らを破り、再選。2013年4月より、みんなの党選挙対策委員長を兼任する[3]。同年8月、党運営をめぐり更迭された江田憲司の後任のみんなの党幹事長に起用され、さらに翌2014年4月、党首であった渡辺喜美DHCから借用金8億円を受け取っていた問題を受け、立党以来就任していた代表職を辞任したことを受け同党代表選挙に立候補、他に立候補者がおらず無投票でみんなの党第2代党代表に就任することとなった[4]

みんなの党の解散を決定し、2014年11月に解散となった。みんなの党解散時、結党時に国庫から交付されていた政党交付金の残余額を返還した。なお、政党解散時の政党交付金返還を行ったのは、国内ではみんなの党が初めてであった。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、無所属で神奈川4区から出馬し、当選した。

2015年1月、地域政党「神奈川みんなの改革」を結成し、代表に就任する[5]

2016年10月、自由民主党の衆議院院内会派に参加[6]2017年9月27日、自由民主党に入党[7]

2017年10月の総選挙では自民党は神奈川4区に山本朋広を公認したため、浅尾は自民党籍を持ちながらも無所属での出馬となり、分裂選挙となった[8]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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