津田山駅[* 1]
北口(2019年8月)
つだやま
Tsudayama
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所在地川崎市高津区下作延六丁目2-19.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度36分13.9秒 東経139度36分1.8秒 / 北緯35.603861度 東経139.600500度 / 35.603861; 139.600500
津田山駅(つだやまえき)は、神奈川県川崎市高津区下作延六丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)南武線の駅である。駅番号はJN 11。 「津田山」とは当駅の東にある七面山の別名であるが、これは当地の宅地開発事業を行った玉川電気鉄道(当時)社長の津田興二が名付けたものである[9](久地#歴史を参照)。 川崎統括センター(武蔵溝ノ口駅)管理の業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)となっている[10]。お客さまサポートコールシステムが導入されており[2]、一部時間帯は遠隔対応(インターホン対応は武蔵溝ノ口駅が行う)のため改札係員は不在となり、一部の自動券売機(多機能券売機を含む[11])のみが稼働する。 ホームの上屋がホーム長に比較して短く、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議(県知事・県内全市町村長・商工会議所会頭・商工連合会会頭などが構成メンバー)は延長をJRに要望している。これに対してJR側は2014年の時点で、計画中の橋上駅化に合わせて整備を行うと回答している[12]。 それから2年後の2016年6月16日に、川崎市とJR東日本が、当駅の橋上駅舎化と自由通路設置についての協定を締結した[4]。その後、2017年3月17日に着工し[13][14]、2019年6月8日に北口が供用開始した[6]。2020年5月22日には南口および自由通路が供用開始し、南口には仮設通路が使用開始された[7]。 番線路線方向行先 (出典:JR東日本:駅構内図 2022年(令和4年)度の1日平均乗車人員は3,403人であり、南武線の本線の26駅の中では最も少ない。だが、緑ヶ丘霊園の最寄駅であることから、彼岸および花見の期間は利用者が増える。 近年の推移は下記の通り。 年度別1日平均乗車人員[15][16]年度1日平均
歴史
1941年(昭和16年)2月5日:南武鉄道の日本ヒューム管前停留場として開業[1]。
1943年(昭和18年)4月9日:駅に昇格。
1944年(昭和19年)4月1日:南武鉄道線が国有化[1]。運輸通信省南武線の津田山駅となる[1]。
1972年(昭和47年)3月5日:貨物取扱廃止。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[1]。
1993年(平成5年)12月10日:自動改札機を設置[3]。
2001年(平成13年)11月18日:ICカード「Suica」の利用が可能となる。
2007年(平成19年)6月22日:みどりの窓口の営業を終了。
2016年(平成28年)6月16日:川崎市とJR東日本が、駅の橋上駅舎化と自由通路設置についての協定を締結[4]。
2017年(平成29年)3月17日:橋上駅舎化工事着工[5]。
2019年(令和元年)6月8日:橋上駅舎北口供用開始[6]。
2020年(令和2年)5月22日:橋上駅舎南口および自由通路が供用開始[7]。南口に仮設通路が使用開始[7]。
2024年(令和6年)度:スマートホームドアの使用を開始(予定)[8]。
駅名の由来
駅構造
のりば
1 南武線上り武蔵溝ノ口・武蔵小杉・川崎方面
2下り登戸・府中本町・立川方面
改札口(2022年8月)
自動券売機(2022年8月)
ホーム(2022年8月)
「日本ヒューム管」「帝国臓器製薬」への入口を示すヒューム管製の道標が今も府中街道沿いに建っている。(2006年3月)
旧駅舎(2008年8月)
利用状況
乗車人員出典
1995年(平成07年)3,346[* 1]
1996年(平成08年)3,395
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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