河童の三平
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河童の三平

鳥取県境港市境港駅前に設置されている「河童の三平・タヌキ・カッパ」のブロンズ像。
漫画:河童の三平(貸本版)
作者水木しげる
出版社兎月書房
発表期間1961年 - 1962年
巻数全8巻
漫画:カッパの三平(ぼくら版)
作者水木しげる
出版社講談社
掲載誌月刊ぼくら
発表号1966年1月号 - 1966年7月号
漫画:河童の三平(少年サンデー版)
作者水木しげる
出版社小学館
掲載誌週刊少年サンデー
発表号1968年7月7日号 - 1969年11月9日
その他別冊少年サンデーに外伝が掲載
漫画:カッパの三平(小学一年生版)
作者水木しげる
出版社小学館
掲載誌小学一年生
発表号1993年4月号 - 1994年3月号
映画:カッパの三平
監督平田敏夫
制作にっかつ児童映画
封切日1993年3月13日
上映時間90分
その他文部省選定
テンプレート - ノート
プロジェクト漫画
ポータル漫画
水木しげるロードに設置されている「河童の泉」のブロンズ像。三平、カッパ、タヌキが配置されている。水木しげるロードに設置されている「魔女の花子」(三平の友人)のブロンズ像。

『河童の三平』(かっぱのさんぺい)は水木しげるによる日本漫画作品、およびそれを原作として作成された特撮テレビドラマアニメーション映画
概要

河童に似た少年・三平が河童に出会うことで始まる物語。人間と動物と妖怪が山で一緒に暮らす牧歌的な世界を描いた、水木の代表作の一つである[1][2][3]

作品は1955年頃に発表された紙芝居から始まり、1961年に貸本漫画として刊行[4]。その後も1966年の『月刊ぼくら』、1968年の『週刊少年サンデー』、1993年の『小学1年生』と掲載誌を変えて新たなシリーズが発表され、1968年にはテレビドラマ『河童の三平 妖怪大作戦』、1993年には劇場用アニメ『カッパの三平』が製作された。

単行本は体裁を変えて何度も出版されており、貸本版とサンデー版は文庫で読むことが出来る。他のシリーズに関しても『水木しげる漫画大全集』で全ての作品が復刻された。
作品の背景

『河童の三平』の物語は、水木の故郷・鳥取県境港の下ノ川に河童が棲んでいるという伝説から着想を得て[3]、幼い姪に語って聞かせた物語「河童のカー坊」が下敷きになっている。毎晩のようにカー坊の話をせがまれた水木は、少年時代の体験をカー坊に置き換えるなどして即興で物語を作っていったという[2][4]

やがて、紙芝居作家になった水木は気に入っていたカー坊の話を『河童の三平』として紙芝居に仕立てる。三平が見つけた河童の国から河童たちが地上に現れるという内容で評判が良く、前後編80巻(1巻は10枚前後)ほど続いた[4][注 1]。しかし、版元から「もっと面白く」と注文されるごとに河童を人間社会に多く出し過ぎてしまい、物語の収拾がつかなくなって続けることが困難になってしまう[2][4]

その後、紙芝居の物語を貸本漫画として再構築した際は、先の反省を生かして河童を出し過ぎないようにした。三平の田舎の雰囲気は水木の妻・布枝の故郷である島根県安来市大塚を参考にし、三平のお爺さんは布枝の父をモデルにして描いた[5]

主人公の三平は河童に似ているだけで特別な力は持っていない子供だが、水木はこのような主人公が好きだと述べている[6]。一方、他の水木の代表作と比較して、テレビアニメ化などメディアミックス化に恵まれた作品ではなかったことついて「あくどさが少ないから人を惹きつけないのかな」と水木は推測している[7]
主な登場キャラクター
河原三平
河原家の13代目に当たる少年。人間であるが
河童に似ているため「河童の三平」と呼ばれている。物語の当初は山奥の一軒家におじいさんと暮らしていたが、後に河童のかん平やタヌキたちと暮らすようになる。勉強や運動は苦手。気も弱くお人好しなので騙されることもあるが、数々のピンチを切り抜けて冒険をする場面もある。父親はとある研究をしたまま行方不明。母親は三平を大学に行かせるため、東京のパチンコ屋で働いている。
かん平
河童の国の長老の息子で、三平と瓜二つ。人間界のことを学ぶため留学し、三平と交代で学校に通うようになるが、真面目に勉強をしている様子はない。性格は三平より強気。三平とも仲良くなり、後に地下世界を共に冒険することになる。3つある肛門から発射される屁の爆発力により、ロケットのように泳ぐことが出来る。
タヌキ
いたずら好きで三平を困らせてばかりだったが、次第に仲良くなり同居するようになる。三平からの信頼も厚くなり、留守番や三平の母親の面倒も見るようになる。死神の悪巧みを防ごうとするなど、正義感が強いところもある。『小学一年生』版 ではポン太と呼ばれている。
死神
しゃれこうべの頭に汚いローブような布をまとい、死の国では707号と呼ばれる。人間の魂を運ぶ仕事をしているが、成績不振でリストラ寸前。あの手この手で三平たちの魂を持って行こうとするが、間が抜けていて失敗ばかりする。同様のキャラクターが『サラリーマン死神』や『ゲゲゲの鬼太郎』などにも登場し、水木作品の常連となる。
小人
三平の父親が生涯かけて見つけ出した「一寸法師」の一族の生き残りで、親子3人一組でいることが多い。心臓が弱く、人前にはほとんど出ない。
漫画
貸本版

1961年から1962年にかけて兎月書房から全8巻まで刊行。河童にそっくりな人間の子ども・河原三平が河童の世界に迷い込むことがきっかけで、河童の長老の息子が人間世界へ留学することから始まる長編物語。水木と兎月書房の関係は長いが、原稿料の未払いが続いた影響で関係が途絶えていた時期があり、本作は和解直後の作品である[4][8]。しかし、間もなく倒産してしまう兎月書房から突然8巻で終了と告げられ、やむなく話の途中の段階で三平を死なせて物語を終わらせてしまう。これによりいくら書きたくても続きが書けなくなってしまい、生涯の最大の失敗だったと語っている[6]
『ぼくら』版

1966年に『月刊ぼくら』で全7話を連載。『週刊少年マガジン』で『墓場の鬼太郎』の掲載が始まった頃、同誌に対抗意識を持っていたとされる『月刊ぼくら』から熱心に連載の依頼が来たという[5]。内容は貸本版のリライトだが、貸本版や後の『少年サンデー』版にはないエピソードも描かれている。低年齢層向けの雑誌ゆえにタイトルを『カッパの三平』と片仮名に改め、背景はあまり細かく描き込まない方針で作られた[9][3]。また、三平の家族の死の表現を控えめにし、後半は河童とタヌキとの共同生活を主体とするなど、読者を意識した作りになっている[10]
『少年サンデー』版


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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