澤田 駿吾
出生名澤田駿五
生誕 (1930-02-10) 1930年2月10日
出身地 日本 愛媛県
死没 (2006-08-28) 2006年8月28日(76歳没)
担当楽器ギター
澤田 駿吾(さわだ・しゅんご、本名:澤田駿五、1930年2月10日 - 2006年8月28日)は、日本のジャズ・ミュージシャン、ギタリスト。
人物』(1943年アメリカ映画)を見て、劇中のギター演奏に魅せられたのがギターを始めるきっかけになったと言う。
第二次世界大戦後に東京へ出て、本格的にジャズギターを始めると共に、米軍キャンプを回るようになる[1]。
1954年に神奈川県横浜市の伊勢佐木町にあったクラブ:モカンボで行われた『モカンボ・セッション』では、ハナ肇、植木等、守安祥太郎らと共に参加している[1]。
1957年にチコ・ハミルトン楽団のギタリストだったデンプシー・ライト
に弟子入りし、本格的なジャズギターテクニックの伝授を受けた。また、作曲家としても活動し、東京放送(現在のTBSテレビ)系列のテレビドラマ『月曜日の男』の劇伴音楽と主題歌の作曲を手掛けるなど数多くの作品も残した。
ジャズギタリストとしては自らバンドを率いたり、前田憲男など音楽仲間のバンドに参加するなど、幅広い活動を展開した。一方では1975年に『ルーツ音楽院』というジャズマン養成の音楽学校を開校し、初代校長として後進の指導に当たった。
2006年8月28日、肝細胞癌の為に逝去[2]。76歳没。
作品
作曲
『月曜日の男』(作詞:持統院丈太郎 歌唱:水原弘、東芝音楽工業)
アルバム
『沢田駿吾・GO! GO! SCAT-BOSSA』(キングレコード 1994年)
参考資料
⇒人生のセイムスケール - 沢田駿吾編
脚注^ a b ⇒座談会・ジャズの街横浜 『有鄰』No.443号 有隣堂書店 平成16年10月10日
^ ⇒ジャズギタリスト沢田駿吾氏死去 夕刊フジ 2006年8月30日閲覧
外部リンク
⇒創立者ご挨拶 - ルーツ音楽院
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典拠管理
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CINII: DA16376694
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NDL: 00959537
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WorldCat Identities: viaf-255210654
更新日時:2022年6月10日(金)14:37
取得日時:2022/07/06 02:34