氷河湖決壊洪水(ひょうがこけっかいこうずい、英: glacial lake outburst flood、GLOF)とは、氷河や端堆石(エンドモレーン)のダムに支えられた氷河湖が決壊することによって起こる洪水のこと。氷河底湖 の決壊による場合は特にヨークルフロイプ (アイスランド語: Jokulhlaup ) と呼ばれ、氷河の側面と山の間にできた氷河湖が決壊した場合は辺湖排水と呼ばれる。氷河湖決壊洪水は、侵食・水圧の上昇・岩石や重い雪の雪崩・地震・氷震(英: cryoseism、凍土のひび割れによって起こる揺れのこと)・氷の下での火山活動などが原因で起こり、また氷河が大きく崩落して氷河湖の水を溢れさせた場合にも起こり得る。
監視2002年8月14日、歴史上2番目に大規模な氷河湖決壊洪水が起こったハバード氷河。
国際連合は、氷河湖決壊洪水の危険が予測される地域の人的・物的損害を防ぐために一連の調査活動を行っている。20世紀を通しての、人口の増加・氷河融解に伴う氷河湖の増加により、問題はさらに重要性を増している。氷河が存在する全ての国々に存在する問題であるが、特に中央アジア・南アメリカのアンデス地域、アルプス山脈の氷河をもつヨーロッパ各国などが特に危険性の高い地域として認識されている[1]。
氷河湖決壊洪水の危険がある地域は世界中に数多く見つかっている。ロールワリン峡谷(英語版)(ネパール語: ?????????? ?????) のツォ・ロルパ(英語版)氷河湖はカトマンズの北東約110キロメートル、標高4850メートルに位置しており、高さ150メートルの不成層終堆石によってせき止められている。ツォ・ロルパ氷河湖はトラカルディング氷河 (英: Trakarding glacier) の融解・縮小に伴って毎年拡大を続け、およそ9千万から1億立方メートルの水を蓄える、ネパールで最大かつ最も危険な湖になっている[2]。
事例
アイスランドスカフタフェットル国立公園に残る、氷河湖決壊洪水により破壊された橋の残骸。
最も有名な氷河湖決壊洪水は、ヴァトナヨークトル氷河 の氷層崩壊による大規模ヨークルフロイプである。アイスランド語: Jokulhlaup が英語に取り入れられたのも、アイスランド南部がこの災害の被害をしばしば受けていたためである。1996年の事例では、ヴァトナヨークトル氷河のグリムスヴォトン (アイスランド語: Grimsvotn) 湖群の地下の火山が噴火し、スケイザルアゥ (アイスランド語: Skeidara) 川がスカフタフェットル国立公園 (アイスランド語: Skaftafell) の手前の地域に氾濫した。このヨークルフロイプの流量は1秒あたり45,000立方メートルに達し、国道1号線(リングロード)の数か所を破壊した。氾濫後、氷河の流れに取り残された高さ10メートルの氷山もいくつか見られた。グリムスヴォトン火山(ヴァトナヨークトル氷河の中央付近)周辺を流れた水の最大流量はミシシッピ川の流量を超えた。同様の決壊は1954年、1960年、1965年、1972年、1976年、1982年、1983年、1986年、1991年、1996年に起こっている。1996年には、噴火によって3立方キロメートルの氷が溶解し、1秒あたりの流量は最大6,000立方メートルに達した。「ミールダルスヨークトル氷河」も参照 ヨークルフロイプの中には1年ごとに起こるものもある。クニック川 (英: Knik River) 近くのジョージ湖
アラスカ
アラスカ南東部にある二つの地域では、ほぼ毎年氷河湖決壊洪水が起こっている。そのうちの一つがアビス湖である。ジュノー近くのタルセクア (英: Tulsequah) 氷河が関わる洪水により、近郊の空港滑走路はしばしば浸水する。また近くにある40軒の山小屋はこの洪水の被害を受ける危険があり、いくつかは実際に大きめの洪水による被害を受けている。ハイダー(英: Hyder:アラスカ南東部の都市)付近のサーモン氷河からの洪水により、サーモン川近辺の道路に被害が出ている[3]。
アメリカ本土と呼ばれる大規模な連続氷河湖決壊洪水が起こった。これは現在でいうモンタナ州における氷のダムが定期的に決壊したために起こったもので、流出した水は現在ミズーラ氷河湖として知られている。
最終氷期の間に、アガシー氷河湖からウォレン氷河への洪水が起こった。ウォレン氷河の跡には現在、ミネソタ川が緩やかに流れている。ウォレン氷河は、融解した氷河をちょうど現在でいうミシシッピ川上流へと運んだ。北アメリカ大陸の無漂礫土地域(英語版)(最終氷期に氷に覆われなかった地域、主に合衆国中西部の氷河の痕跡である漂礫岩が無い地域を指す)も、最終氷期全体を通して起こったグランツバーグ氷河湖やダルース氷河湖の決壊洪水に関連している。
2003年9月6日から10日にかけて、ワイオミング州ワインドリバー山のグラスホッパー氷河で氷河湖決壊洪水が起こった。グラスホッパー氷河の先にあった氷河跡湖(英語版)が氷河のダムを超えて氾濫し、湖にあった水は、グラスホッパー氷河の中央に長さ0.8キロの溝を作った。推定246万立方メートルの水が4日間のうちに流れ、32キロメートル下流の観測所の記録では、ディンウッディ川の水量は毎秒5.66立方メートルから毎秒25.4立方メートルまで上昇した。この洪水による岩屑(デブリ)は、ディンウッディ川に沿って32キロ運ばれた。この洪水の原因は、初めて正確な測量が行われた1960年代から進行している氷河の後退が原因であるとされている[4]。 1978年、カテドラル氷河からのヨークルフロイプによって引き起こされた岩屑流が、カナダ太平洋鉄道の線路の一部を破壊して貨物列車を脱線させ、トランスカナダハイウェイの数か所を埋没させた[5]。 1994年、ファロー川でヨークルフロイプが起こっている[6]。 2003年、ヨークルフロイプがエルズミーア島のトゥボーグ湖に流れ込んだ際には、その一部始終が記録された。上流の氷にせき止められた湖でダムとなっていた氷が浮かび上がり、湖水が大規模に氾濫したのである。カナダの北極地方ではほとんどの氷河が低温で安定しており、氷にせき止められた湖水が排水される場合は氷のダムの上からあふれて排水されるため、この洪水はきわめて稀な出来事である[7]。 最終氷期におけるハインリッヒ・イベント(北米ローレンタイド氷床 ブータンでは、1900年代に少なくとも3回の氷河湖決壊洪水の発生が記録されている。近年では、1994年10月にプナツァン・チュー(ゾンカ語: Phunatshan Chhu、「Chhu」は川の意味)の北東支流Pho Chhuの上流にあるルゲ・ツォ (ゾンカ語: Luggey Tsho、「Tsho」は湖の意味)が決壊し、氷河湖決壊洪水が発生した。これにより、ルゲ・ツォから約90km下流のプナカでは、旧河道のような低地も濁流に飲まれ、プナカ・ゾン (ゾンカ語: Punakha Dzong、ブータンの歴史的建造物)も一時孤立し損傷の被害が出た。これまでの調査では、ブータンにある2,674の氷河湖のうち、最近の研究では24の氷河湖が近い将来に氷河湖決壊洪水を起こす可能性があるとされているが[10]、評価に使用した衛星画像の解像度が低いこと、危険と判断した基準があいまいであること、チベット側の上流流域を含めていないこと等の問題や、近年と比較して1960年代までの衛星画像に決壊の痕跡がより多く写っているといった点から、決壊の危険度については再評価が必要と考えられる[11][12]。 イギリス海峡は、約20万年前の大規模な氷河湖決壊洪水によって形成されたと考えられている。
カナダ
ブータン
イギリス・フランス