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出典検索?: "水森英夫"
水森 英夫(みずもり ひでお、1949年9月18日 - )は、日本の歌手、作曲家。栃木県出身。京北中学校・高等学校卒。日本作曲家協会常務理事。門下生に氷川きよし、森山愛子、山内惠介、松尾雄史、池田輝郎、音羽しのぶ、三丘翔太、青山新、黒川真一朗、小村美貴、幸田薫、二見颯一
来歴
1961年、小学6年生時にテイチクレコード全国歌謡コンクールにおいて優勝。
1963年、「悲しきジンタ」(レイモンド服部作詞・作曲)で東芝レコードより「三井たかお」の名で歌手デビュー。以後、「若い瞳(め)」「口笛を吹いたら」などをリリース。
敏いとうとハッピー&ブルーの初期のメンバーとして活動。
1971年、「三音(みね)たかお」の芸名で「たった二年と二ヶ月で」(作詞:阿久悠/作曲:三井高央/編曲:竹村次郎)をキャニオンレコードよりリリース。全く売れなかったが曲が良かったため、1976年「水森英夫」に改名してテイチクレコードより再リリースし、ヒットした[注釈 1]。この曲はのちに朝丘雪路、唐木淳(現:黒木じゅん)、角川博らがカバーしている。
1977年に歌手を引退し、赤坂でスナックを経営しながらの作曲活動に入る。
1993年、天童よしみに提供した「酒きずな」が第44回NHK紅白歌合戦で歌唱される[注釈 2]。
1995年12月、審査員をしていたNHK「BS歌謡塾あなたが一番」で氷川きよしをスカウト。2000年、「箱根八里の半次郎」でデビュー。「大井追っかけ音次郎」「きよしのズンドコ節」をはじめ数多くのヒット曲を作曲し、人気歌手に育てた。
2015年、山内惠介が「スポットライト」で第66回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。
2017年12月31日、テレビ東京で放送された「第50回年忘れにっぽんの歌」にて美輪明宏のリクエストで40年ぶりの舞台に立つ。「たった二年と二ヶ月で」を披露した。
2020年1月、ラジオレギュラーを務める「水森英夫のチップイン歌謡曲」が放送1000回を迎える。
主な提供作品
門下生
氷川きよし
箱根八里の半次郎
大井追っかけ音次郎
きよしのズンドコ節
星空の秋子
白雲の城
きよしのドドンパ
番場の忠太郎
一剣
きよしのソーラン節
玄海船歌
哀愁の湖
浪曲一代