民俗資料
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江戸時代末期の鯉のぼり1867年

民俗資料(みんぞくしりょう、英語: folk material, folklore data)とは、民俗学の基本となる資料で、風俗習慣伝説民話歌謡・生活用具・家屋など古くから民間で伝承されてきた資料を指す。伝承資料あるいは単に伝承(folklore)ということもある。民俗採集をはじめとするフィールド・ワークや文献調査などによって得られ、庶民の物質生活・精神生活の推移や変遷を理解するために必要な資料である。

なお、かつては現在の文化財保護法における民俗文化財のことを「民俗資料」と称した一時期があった。
概要

「民俗資料」の語がはじめて用いられたのは、柳田國男1933年の講演からであり、文献では『民間伝承論』(1934年)、『郷土生活の研究法』(1935年)から示される[1]

ここで、柳田は「民俗資料」という用語を「郷土史の新史料=民間伝承の採集記録」という意味で用いている[1]。また、折口信夫は、「民俗資料」について、1.周期伝承(年中行事)、2.階級伝承(老若制度・性別・職業・生得による区別)、3.造形伝承、4.行動伝承(舞踊・演劇)、5.言語伝承(諺・歌謡・伝説説話)の5分類を提示している[2]第二次世界大戦後、「民間伝承」という言葉にかわって「民俗」という言葉が普及すると「民俗資料」の語も幅広く使われるようになった。これとともに「民俗資料」の指し示す内容も単に民俗(民間伝承)の採集記録にとどまらず、民具など有形の資料(有形民俗資料)をも含めるようになった。

1950年昭和25年)に制定された文化財保護法では、従来の古器旧物や記念物を総称して文化財と名づけ、「有形文化財」「無形文化財」「史跡名勝天然記念物」の3種とし、そのうちの有形文化財の一つとして「建造物」や「絵画」などとならんで「民俗資料」[注釈 1]を位置付け、民俗資料に対しても国家の保護・保存の措置を講ずることとした。文化財保護法の1954年(昭和29年)の改正[注釈 2]にて、民俗資料を有形文化財から分離するとともに、民俗資料の具体的な概念・定義が法令上なされ、有形の民俗資料のうち特に重要なものは「重要民俗資料」として指定して、重要文化財に準じて国家的保護を与えることとなった。また無形の民俗資料も保護の対象となり、合せて「重要民俗資料指定基準」が告示された。

1954年改正の文化財保護法では、「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習およびこれに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの」を民俗資料と規定していた(民俗文化財としての指定等で後述)。

「重要民俗資料」の存在は、民俗資料の少なくとも一部は文化財として後世に伝えるべきものであるという社会的認知を広める結果となった。1975年(昭和50年)の文化財保護法改正[注釈 3]時には従来の「民俗資料」の語は「民俗文化財」に改められ、以後、法令上は「民俗文化財」の語が使用されている。
民俗資料のいろいろ東京・王子田楽(2014年)

民俗学研究における基本資料である「民俗(folklore)」は民間伝承とも呼ばれ、人びとが文字を仲立ちとせず先祖から受け継いできた、日常生活のうえで無意識のうちに繰り返される生活様式や技術、さらにこれらを支える思考様式のすべてを意味する。具体的には、以下のように、さまざまな伝承資料が民俗資料とされる。

生活をあらわすもの(衣食住民家、輸送・運搬、冷暖房、農具、さまざまな民具

風習をあらわすもの(家族制度、社会制度、通過儀礼社会集団生業産業年中行事まつり、遊技・競技・娯楽、場の限定された語彙や言葉遣い(方言俗語隠語)、禁忌農事暦

信仰をあらわすもの(来訪神、境界神、憑依神、歳神他界観・死生観、神観念、聖地・祭祀空間、霊魂来世妖怪変化、予兆と卜占護符お札託宣魔術、病気と民間療法

説話・歌曲・俗諺(神話伝説御伽話、俗曲・俗謡、ことわざ・謎、民俗語彙、諺詩・俚諺)

民俗芸能田楽猿楽神楽ささら風流延年、祝福芸およびそれらに使われる仮面や道具など)

何を「民俗」とするかについては、さまざまな議論がある。たとえば民俗を過去の生活や意識の残存とみなして、それらが過去にどのような意味をもっていたのかを明らかにしようとする立場もあれば、民俗は現在にも特定の機能を有し続けているのであり、現実社会における意義を考えようとする立場などがある。
民俗資料の分類詳細は「民俗資料の分類」を参照

柳田國男は『民間伝承論』(1934年)のなかではじめて民俗資料の分類を提示している[3]。それによれば、
目に映ずる資料<体碑>…たとえば研究者が旅行の途中でも観ようとすれば可能な、形をとった事物行為伝承

耳に聞こえる言語資料<口碑>…多少とも地元の言葉に通じて、耳を働かさなければつかみ得ない口頭伝承

心意感覚に訴えてはじめて理解できる資料<心碑>…旅人ではつかむことの不可能な、同郷人、同国人の感覚によらなければ理解できない類の心意伝承

という三分法の類別を提示しており、さらにこれを、1.有形文化[注釈 4]・生活技術誌―旅人の学、2.言語芸術・口承文芸―寄寓者の学、3.生活解説・生活観念・生活の諸様式―同郷人の学、というふうに趣旨説明している[3]。これはまた、資料蒐集の場面に即しての類別と捉えることもできる。

ついで『郷土生活の研究法』(1935年)では、
第一部、有形文化
(1)住居、(2)衣服、(3)食物、(4)交通、(5)労働、(6)村、(7)連合、(8)家、(9)親族、(10)婚姻、(11)誕生、(12)厄、(13)葬式、(14)年中行事、(15)神祭、(16)占法、(17)呪法、(18)舞踊、(19)競技、(20)童戯と玩具
第二部、言語芸術
(1)新語作製、(2)新文句、(3)諺、(4)謎、(5)唱えごと、(6)童言葉、(7)歌謡、(8)語り物と昔話と伝説
第三部、心意現象
(1)知識、(2)生活技術、(3)生活目的

として、三分類におけるそれぞれの内容を示している[1]

柳田による分類は、その後の研究に大きな影響を及ぼしたが、資料分類に関しては論者の数だけ分類法があるといっても過言ではない。
民俗資料の収集方法

歴史的・過去的資料

記録資料(陳述的資料)

造形物資料(物的資料)


現地的・現在的資料

直接的資料(
観察による資料)

間接的資料(面接聴取による資料)

測定的資料(用具による実験にもとづく資料)

竹内利美は、民俗資料を主に供給源から考慮して、上のように分類している[4]。そのうち、「造形物資料」は実物そのものが残存するもので、記録資料にくらべ直接的であり、確実性と具象性を有するものであるが、それ自体としてはその意味を説明するところがないのに対し、「記録資料」は過去の事実そのものは伝存しないが、文字などを通じて過去の事物を説明し叙述するものである。ただし、両者ともその伝存は偶然的・限定的なものであり、記録資料の場合は、歴史学における文献資料同様、その来歴を批判して資料的価値を弁別する手順(いわゆる史料批判)が重要になる。

現地的・現在的資料については、対人交渉を通じて、調査研究者が、特定の目的に応じて一定の社会的事実を取捨選択して構成していかなくてはならない。選択の基準はそれぞれの学問的立場や問題意識に応じて異なるが、その収集・構成の方法や技術に関しては、共通となる規準の設定が可能であり、また必要でもある。いわゆる「社会調査の方法体系」がそれである。これをもとにこれまで数多くの民俗調査がおこなわれてきた。
民俗資料の特質

民衆の伝統的な文化を、文献以外の民間伝承や生活用具・民家などを通じて研究する民俗学は、資料のうえでも方法のうえでも考古学との共通点が多いことが指摘されている。また、民俗資料は、上述したように、権力側・知識人側・中央・貴族・官僚・男性側・成人に片寄りがちな文献資料の欠点や限界を補い、風土や生活・生業の多様性を視野に収めた、歴史事象の総合的な理解に資するところがきわめて大きい。民俗学・考古学・歴史学のいっそうの協力が求められるゆえんである。

また、上述の柳田の認識にしたがうならば、文献中心主義的な歴史研究においては、典拠とする史料そのものに偏りが生まれるのは避けられないのであり、それゆえ、公文書などに示された一揆災害とかかわる民衆の姿をそこで確認できたとしても、「常民」の生活文化総体は決してみえてこないのである。常民の生活文化史の解明にとっては、文献資料にのみ依拠することには限界と危険がともなうのであり、ここに民俗採集を始めとするフィールドワークによる民俗資料の収集を重視する理由がある。
歴史資料としての民俗資料


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