歴史改変SF(れきしかいへんエスエフ)は、思弁小説(あるいはサイエンス・フィクション)と歴史小説のサブジャンルであり、実際の歴史とは異なる歴史の経過を経た世界を描くものである。いわゆる「クレオパトラの鼻が低かったら歴史が変わっていた」というような歴史上の「もし」に答を与える文学である。多くの作品は実際の史実に基づき、その上で我々の歴史とは異なる発展をした社会や政治や産業の状況を描くことを特徴とする。一般にフィクションは現実ではないという意味ではどの小説にも「歴史改変」的要素があるが、サブジャンルとしての歴史改変SFは、我々の歴史と異なる経過をたどる原因になった歴史上の分岐点が存在することを特徴とする[1]。
1950年代以降、この種の小説はSF的小道具と結びつき、時空を移動することで世界間を行き来したり、超能力で別の世界があることに気づく、あるいは単に時間旅行したために歴史が分岐してしまうといった設定が多くなっていった。これらは密接に絡み合い、それぞれを完全に別個に議論することは不可能である。
英語では、alternate history の他に alternative history という呼称もある[2]。フランス語では、歴史改変を uchronie という新語で呼ぶ。これは、ユートピア(ありえない場所)などと同じ u- とギリシア語で時間を表す chronos を組み合わせたものである。したがって、uchronie とは「ありえない時」を意味する。他にも allohistory(他の歴史)という呼び方もある[3]。 史上最も古い歴史改変の作品の1つとして、ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』の Book IX, sections 17?19 がある。そこでリウィウスはアレクサンドロス大王が東ではなく西に帝国を拡張しようとした紀元前4世紀の世界を深く論じている。リウィウスは「アレクサンドロスとの戦争に突入していたら、ローマはどうなっていただろうか?」と問題提起している[4][5][6]。 1490年の叙事詩的騎士道物語 "Tirant lo Blanc" は、コンスタンティノープルがトルコ人に奪われたことが記憶に新しいヨーロッパで書かれたもので、ブルターニュの勇敢な騎士 Tirant The White が東ローマ帝国に駆けつけ、メフメト2世率いるオスマン帝国軍を撃退し、コンスタンティノープルを征服から救い、逆にオスマン帝国から領土を奪うという話であった。 歴史改変の最初期の作品のひとつとして、フランスのルイ・ジョフロワ
目次
1 歴史改変SFの歴史
1.1 SF以前の作品
1.2 19世紀
1.3 20世紀前半: パルプ雑誌の時代
1.4 歴史改変の手段としてのタイムトラベル
1.5 パラレルワールド
1.6 並行時間パトロールの登場
1.7 歴史改変SFを発展させた主な作家
1.8 最近の歴史改変SF
1.9 最近の歴史改変ファンタジー
2 小説以外での歴史改変もの
2.1 ラジオ
2.2 映画
2.3 テレビ
2.4 ロールプレイングゲーム
2.5 コンピュータゲーム
2.6 コミック
3 歴史改変SFの境界線
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
歴史改変SFの歴史
SF以前の作品
19世紀
英語での最初の完全な歴史改変作品としては、ナサニエル・ホーソーンの1845年の短編小説 "P.'s Correspondence" がある。それは現実とは全く異なる1845年を見たために「狂人」と見なされた男の話で、その別の現実では既に死んだはずの有名人(バーンズ、バイロン、シェリー、キーツといった詩人、俳優のエドマンド・キーン、政治家のジョージ・カニング、さらにはナポレオン・ボナパルト)が生きている。
英語での最初の歴史改変の長編小説は Castello Holford の Aristopica(1895年)である。Louis Geoffroy の Napoleon et la conquete du monde, 1812?1823 ほど国粋主義的ではないが、Astropica はバージニアの初期の植民者が金の高純度の鉱脈を発見し、北アメリカにユートピア的社会を築く話である。 19世紀末から20世紀初期には、いくつかの歴史改変小説が登場している(例えば、Charles Petrie の1926年の If: A Jacobite Fantasy)[7]。1931年、イギリスの歴史家サー・ジョン・スクワイア(Sir John Squire)は当時の有名な歴史家のエッセイを集めたアンソロジー If It Had Happened Otherwise を編んだ。この中で、それぞれの歴史研究者が例えば「もしスペインでムーア人が勝っていたら」とか「もしルイ16世がもう少し毅然としていたら」といった問題に答えている。非常に真面目な論文もあれば、ヘンドリック・ウィレム・ファン・ローン(Hendrik Willem van Loon)のようにマンハッタンがオランダ人の都市国家として独立した世界の空想にふけっているものまで様々である。他の著者としては、Hilaire Belloc、アンドレ・モーロワ、ウィンストン・チャーチルなどがいた。 歴史改変で人気のあるテーマは、欧米では「ナポレオンの勝利」と南北戦争である。スクワイアのアンソロジーで、チャーチルは「もしリーがゲティスバーグの戦いに勝利していなかったら」という問題に対して、アメリカ連合国が勝利した世界の歴史家の立場から南北戦争を考察し、南軍が勝っていたらどうなっていたかを論じた(言い換えれば、ありうべきもう1つの世界の人間が我々のいる現実の世界を想像するという形式で書いている。ただし、その想像が全て当たっているとは限らない)[8]。 同時期の歴史改変作品の例として(パラレルワールド間の移動を扱った初の小説でもあるが)、H・G・ウェルズの『神々のような人々』(1923年)がある。この中で主人公たちは時空を移動できる機械に遭遇して、一見して平和なユートピアと思われるイギリスに到着する[9]。ウェルズが描いたのは多元宇宙論的なパラレルワールドであり、後にアメリカのパルプ雑誌でよく使われる設定になった。 1930年代になると歴史改変小説はさらに新たな段階に至った。1933年12月の「アスタウンディング」誌で Nat Schachner の "Ancestral Voices" が掲載され、すぐにマレイ・ラインスターの『時の脇道』 "Sidewise in Time" が続いた。それまでの歴史改変小説が比較的単純な歴史の分岐を扱っていたのに対して、ラインスターは全く異なる試みを行った。彼が描いたのは、年表がつぎはぎになった発狂した世界(20世紀にローマ帝国の軍隊やバイキングが現れる世界)であった。
20世紀前半: パルプ雑誌の時代