歴代の天皇
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天皇の一覧(てんのうのいちらん)は、日本の歴代天皇及びその他の天皇の一覧である。
概要

皇統譜』に基づくかぎり、歴代天皇は、初代神武天皇から今上徳仁まで、126代が挙げられる。この126代のうち、第37代斉明天皇は第35代皇極天皇の、第48代称徳天皇は第46代孝謙天皇の、それぞれ重祚(一度譲位した天皇が再び位に就くこと、再祚)であるため、総数は124人となっている。

ただし、南北朝時代に、北朝京都)で即位した天皇のうち、後小松天皇を除く光厳天皇光明天皇崇光天皇後光厳天皇、及び後円融天皇の5代、5人は、明治時代に歴代天皇から除外されたため、この126代の天皇には数えられないものの、宮中祭祀等においては天皇として扱われる。このため、現在に至る天皇の総数は129人と数えられることもある。

また、皇統譜以外にも様々な皇室の系譜が過去に作成されており、様々な歴代天皇の数え方があった。例えば、後小松上皇の命令で編纂され、明治以前の一般的な皇室の系譜となった『本朝皇胤紹運録』では、後醍醐天皇を除く南朝天皇を天皇と認めずに北朝天皇を歴代天皇に数え、弘文天皇および仲恭天皇を歴代に数えず、神功皇后を歴代に数えている。

なお、「天皇」(てんのう(てんわう)、すめらみこと、すめろき)という名称は、7世紀後半に在位した第40代天武天皇の頃に、それまでの「大王」(おおきみ)に代わって用いられ始めたと考えられている。また冷泉天皇(在位967年?969年)以後、光格天皇(在位1779年-1817年)の時に諡号が復活するまで、安徳天皇後醍醐天皇を例外として、天皇号は生前も崩御後も正式には用いられなかった。例えば後水尾天皇明正天皇は崩御後「後水尾院」「明正院」と呼ばれ、これらを一律に「後水尾天皇」「明正天皇」とすべて置き換えたのは明治維新後のことである[1]
初期天皇の実在性

初代神武天皇から第25代武烈天皇までの実在性については、諸説ある。第二次世界大戦後の考古学及び歴史学においては、初期天皇は典拠が神話等であるとみなされ、その実在性は疑問視されている。しかしながら現代でも神武天皇、第10代崇神天皇、第15代応神天皇が特に研究対象として重視されている[注釈 1]
初代神武天皇以降を実在とする説

古代から第二次世界大戦中までは日本では神武天皇のみならず「欠史八代」も含めて実在したと考えられてきた(第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までは、『日本書紀』に事績等に関する記述がないため、欠史八代(闕史八代)と呼ばれる)。その後も実在性を唱える者は坂本太郎田中卓鳥越憲三郎林房雄古田武彦[注釈 2]、森清人[2]安本美典竹田恒泰などが存在する。
第10代崇神天皇以降を実在とする説

戦後になると神武天皇及び「欠史八代」の実在は疑問視されるようになった。また神武天皇と崇神天皇の尊号が同一(ただし漢字表記は別)であることから、崇神天皇を初代天皇、あるいは神武天皇と同一人物であるとして、崇神天皇を実在可能性がある最初の天皇とする説が一般化した。70年代までは崇神?応神までの実在を否定的にみる説が優勢であったが、1978年稲荷山鉄剣の銘文が新聞紙上でスクープになると銘文の「意富比?」が、崇神朝に活躍した大毘古に同定されるとする説が出て、崇神天皇以降の実在性が高まった。
第15代応神天皇以降を実在とする説


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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