武道大鑑
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『一年餘日』(いちねんよじつ)は、1933年昭和8年) に発表された山手樹一郎大衆小説時代小説である[1][2]。新漢字表記『一年余日』[1]。それを原作とした1934年(昭和9年)製作・公開、伊丹万作脚本・監督による日本の長篇劇映画サイレント映画は、『武道大鑑』(ぶどうたいかん)と改題された[2][3][4][5][6][7]。『武士大鑑』[6]は誤記[2][3][4][5][7]。本映画は、同年、昭和九年度キネマ旬報ベストテン第4位を獲得した。
略歴・概要

小説『桃太郎侍』を発表していた井口朝二[8]が、初めて「山手樹一郎」名を使用して、週刊誌サンデー毎日』第十三回大衆文学懸賞募集に応募して佳作に入選、1933年(昭和8年)11月1日発行の同誌に掲載されたのが初出である[1]。以降、井口は「山手樹一郎」をペンネームとする[1]。選者の千葉亀雄は「今度多かった事実小説のなかでの随一の佳作といえる。事実の方が、とてもテキパキと面白くまとまっているため、作者の想像力のやり場の狭いらしかったのが残念。それだけ無駄のない記述のしっかりした点を正直、私は高く買おうと思う」と評した[1]。山手の次作『うぐひす侍』は第十四回大衆文学懸賞で入選を果たした[1]。山手は1939年(昭和14年)、博文館を退社するが[8]、1940年(昭和15年)、『うぐひす侍』の表題で単行本が同社から刊行され、本作『一年餘日』も収録されて初めての書籍となった[9][10]

2009年(平成21年)には、神江里見の作画によって劇画化され、小学館から単行本も発売された[10]

映画化作品『武道大鑑』については、本作が『サンデー毎日』に掲載されたわずか3か月後の翌年1月31日に公開されている[5][6][7]。これは、山手作品の史上初の映画化であった[11]。2013年(平成25年)1月現在、東京国立近代美術館フィルムセンターも、マツダ映画社も、映画『武道大鑑』の上映用プリントを所蔵しておらず、現存していないとみなされるフィルムである[12][13]。「#映画」を参照
ビブリオグラフィ

国立国会図書館蔵書による収録書籍の一覧である[10]

『名作小説 うぐひす侍』、博文館、1940年

『うぐいす侍』、同光社、1951年

『山手樹一郎作品集 第1巻 梅の宿』、同光社磯部書房、1952年

『山手樹一郎傑作全集』、同光社磯部書房、1953年

『壁すがた』、桃源社、1954年

『山手樹一郎短篇小説全集 第1巻』、和同出版社、1955年

『五十両の夢』、大日本雄弁会講談社、1956年

『山手樹一郎新編作品集 第6 きつね美女』、和同出版社、1956年

『土の花嫁』、和同出版社、1958年

『財布の命』、光風社、1960年

『山手樹一郎全集 第40巻』、講談社、1962年

『山手樹一郎作品集 第1巻 腕一本の春』、光風社、1962年

『小説倶楽部』第19巻第5号』、桃園書房、1966年4月

『山手樹一郎自撰作品集 2 腕一本の春』、光風社書店、1971年

『山手樹一郎自選短編小説集 仇討ごよみ』、青樹社、1978年

『山手樹一郎短編時代小説全集 1 矢一筋 他12編』、春陽堂書店、1980年

『うどん屋剣法 腕一本の春』、光風社出版、1989年

『矢一筋 上』、大活字本シリーズ、埼玉福祉会、1998年

『山手樹一郎集』、「ポピュラー時代小説 大きな活字で読みやすい本 第4巻」、リブリオ出版、1998年

『腕一本の春 花の雨』、光風社文庫、光風社出版、2000年

『うぐいす侍』、春陽文庫、春陽堂書店、2005年

『武士道小説傑作選 2 武士の本懐』、編細谷正充、ベスト時代文庫、ベストセラーズ、2005年

『侍たちの宴 第2巻 一年余日』、作画神江里見ビッグコミックス小学館、2009年 - 原作

映画

武道大鑑
監督
伊丹万作
脚本伊丹万作
原作山手樹一郎
出演者片岡千恵蔵
山田五十鈴
撮影石本秀雄
製作会社片岡千恵蔵プロダクション
配給 新興キネマ
公開 1934年1月31日
上映時間75分
製作国 日本
言語日本語
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『武道大鑑』(ぶどうたいかん)は、山手樹一郎の小説『一年餘日』を原作とした1934年(昭和9年)製作・公開、伊丹万作脚本・監督による日本の長篇劇映画サイレント映画である[2][3][4][5][6][7]。昭和九年度キネマ旬報ベストテン第4位受賞。
略歴・概要

1933年(昭和8年)11月1日発行の『サンデー毎日』に掲載された山手樹一郎の小説『一年餘日』を原作に[1][2]、伊丹万作が脚本を書き上げ、年をまたいで製作が行なわれて、原作発表後のわずか3か月後の翌年1月31日に早くも公開された[5][6][7]。伊丹の前作『渡鳥木曾土産』はそのわずか2週前の同年1月14日に公開されている[14]が、この前作の原作を採用された佐伯清が、その縁で、本作以降の5年間、『巨人傳』までの伊丹の10作品の助監督を務めることになった[3]日活データベースによれば「東京では『炬火 都会篇』と同時上映された」と記述されており、本作公開におけるメイン館である浅草公園六区富士館では、『炬火 都会篇』は本作公開の翌日である2月1日から公開されている記録がある[15][16]


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