武蔵国府跡
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武蔵国府跡(武蔵国衙跡地区)

座標: .mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度40分8.4秒 東経139度28分47.5秒 / 北緯35.669000度 東経139.479861度 / 35.669000; 139.479861.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}武蔵国府跡 位置

武蔵国府跡(むさしこくふあと)・国史跡 武蔵国府跡 国衙跡地区(国司館地区)は、東京都府中市に存在する武蔵国国府に関する遺跡である[1]。国の史跡として徳川家康の府中御殿跡、国司館地区も含む。
概要

本項目では、関連する「武蔵国府関連遺跡」についても記述する。

武蔵国府は、府中市に奈良時代の初め頃から平安時代の中頃にかけて置かれ、武蔵国の政治・文化・経済の中心地として栄えていた[2]

国府成立には、府中市内で古墳時代に築かれた古墳群、特に武蔵府中熊野神社古墳が特に関わり合いが深いと推測されている[3]

1977年(昭和52年)宮町2-7調査(26次) 大型建物柱穴群を検出。国衙中枢部分と推定[4]

1995年(平成7年)宮町2-27 当初の京所国衙推定地が「多磨寺」であることが判明(国衙東側範囲が絞られる)[4]

2005年(平成17年)宮町2-5(1284次) 国衙中枢が判明(赤塗りの柱)[4]

2011年(平成23年)大國魂神社境内宮之盗_社建て替え調査(1539次)出入りのための「西門」発見[4]

発掘調査国衙の中枢にあった建物の柱跡

かつて武蔵国府は、「多麻郡に在り」と『和名類聚抄』に記述があるだけで、所在地に関しては諸説あり、正確な位置が不明であった。

1975年(昭和50年)以降の発掘調査により、大國魂神社境内南北溝と旧甲州街道と京所道に挟まれた、南北300メートル東西200メートルの範囲が「国衙」であると判明し、その中の東西南北100メートルの範囲が国衙の中枢だと考えられる[5]。宮町2丁目5番2、宮町3丁目1番1、1番2、1番3、宮町2丁目1番16と同3丁目1番1に挟まれ同3丁目1番1と同3丁目6番3に挟まれるまでの道路敷きを含む場所が武蔵国府跡と指定された。

国府を中心に、東西2.4キロメートル、南北1.2キロメートル範囲内で住居が発掘され、確認されたものだけで4000軒にも及び、7世紀末?8世紀にかけて爆発的に人口が増加した[6]。主な出土品は、、セン(漢字では、土編に専門の「専」と書き、古代のレンガのこと)、円面

史跡指定範囲内の宮町2丁目5番2に「史跡整備地」が用意され、「ふるさと府中歴史館」と共に見学する事が可能となっている[7][8]

発掘調査は活発で、1400か所以上で行われている[6]。範囲は武蔵野台地上に広がり、中心は武蔵国総社「大國魂神社」(東京都府中市宮町)にある[9]。大型東西棟・総柱の南北棟建物が発掘され、国府の主要施設が明らかになった。
国府の主要施設・関連遺跡


武蔵国衙[10]

国司館跡

徳川家康府中御殿跡(御殿・御茶屋) → 「御殿・御茶屋#甲州街道筋」を参照


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