元サッカー選手の「橋本幸一」とは別人です。
はしもと こういち
橋本 晃一
プロフィール
本名三橋 洋一(みつはし よういち)[1][2][3]
性別男性
出身地 日本・千葉県館山市[4]、神奈川県川崎市[4]
生年月日 (1953-01-12) 1953年1月12日(71歳)
血液型O型[5]
職業声優、俳優、ナレーター
事務所センテナリア[6]
公式サイト橋本 晃一|センテナリア
橋本 晃一(はしもと こういち、1953年1月12日[2][3][9] - )は、日本の声優、俳優、ナレーターである。千葉県館山市出身[4]、神奈川県川崎市育ち[4]。センテナリア所属[6]。朗読・語りグループこひのにあ主宰[7]。本名・旧芸名は三橋 洋一(みつはし よういち)[1][2]。 千葉県館山市で生まれ、小学校入学前に神奈川県川崎市に転居[4]。 子供の頃から学芸会に出ており、芝居が好きだったという[9]。演じることを色々なジャンルで「やりたいな」と考えていた[10]。テレビ、舞台を見て「すごいな」と感銘を受けたこと、「逆に感動させる立場になりたいな」と考えていたが、漠然と考えていただけなため、当初はプロになろうという気持ちはなかった[10]。 川崎市立玉川小学校、川崎市立平間中学校、東京高等学校を経て、専修大学文学部[5][7]心理学科卒業[4]。その時は家から自転車で通学できる距離にある学校に通い続けていたという[4]。大学に進学するまでは演劇とは全く無縁であったが、大学に進学した途端、演劇サークル「うねび座」に所属[4]。津上忠作『八幡船』をひっさげて、夏休み中などは地方などに移動公演に出かけていたようだったという[4]。大学2年生の秋、その道で自分の可能性を試したくなったところ、偶々ラジオで聴いていた[4][10]東京俳優生活協同組合が研究生を募集していることを知り、第1期生になった[11][7][5]。それでも、そのまま役者の世界に入るとは思ってもいなかったという[10]。その後は東京俳優生活協同組合[5]、アーツビジョン[5]、アクセント[2]、賢プロダクション[5]、プロダクション・タンク[7]、シーブイテック[5]、オフィス海風に所属していた。1974年にニッポン放送青春ラジオ劇画『愛と誠』で岩清水弘、『11人のカウボーイ』の続編である連続ドラマ『少年カウボーイ
来歴