森田正光
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もりたまさみつ森田正光
プロフィール
出身地
日本 愛知県名古屋市
生年月日 (1950-04-03) 1950年4月3日(73歳)
最終学歴愛知県立犬山高等学校卒業
所属事務所日本気象協会株式会社ウェザーマップ
活動期間1969年 -
公式サイトウェザーマップ公式サイト
出演番組・活動
出演中『Nスタ
出演経歴『アップルシティ500
JNNニュースの森
イブニング・ファイブ
森本毅郎・スタンバイ!
森田の新春天気!!
アナウンサー: テンプレート - カテゴリ

森田 正光(もりた まさみつ、1950年4月3日 - )は、愛知県名古屋市出身の気象予報士[1]株式会社ウェザーマップの創業者であり会長[2]。会長は名誉職であり、現在は取締役を退いている。
人物

一家は祖父、父親とも板金工という職人一家。男3人、女1人の兄妹の次男である[3]。娘は木口一秒のペンネームで広告漫画等を描く漫画家[4]

TBSを中心に活動する気象予報士であるが、「天気をわかりやすく伝えるプロのお天気キャスター」を自負しており、肩書きは「お天気キャスター」を使用している。

親しみやすいキャラクターと個性的な気象解説で人気を集め、ニュースやバラエティ番組、ラジオ出演のほか、全国各地で異常気象などに関する講演活動、トークショーなども行っている。

所属は株式会社ウェザーマップ血液型はAB型。趣味は読書、映画鑑賞、ゲーム、将棋[5]で、将棋はアマ四段の腕前[6]。2022年、第34回将棋ペンクラブ大賞の選考委員をつとめた。
経歴

愛知県立犬山高等学校卒業。高校の先生の勧めで[3]日本気象協会東海本部に入る。その後1974年に東京本部に移り、1992年にフリーのお天気キャスターとなる。

「天気予報の森田」でメディアにプロとして露出していたにもかかわらず、1993年に新設された気象予報士の第1回試験(1994年8月)には不合格となっている[注 1](1995年2月の第2回試験で合格)。

1992年に気象会社有限会社ウェザーマップ(1995年に株式会社に組織変更)を設立。代表取締役。

2005年に日本生態系協会理事に就任し、2010年からは生物多様性に関する広報組織「地球いきもの応援団」のメンバーとして活動。2013年には「生物多様性リーダー」に任命された。

2017年7月に森朗がウェザーマップ代表取締役社長に就任[7]。それに伴い、会長に就任した。
発明・造語
洗濯指数
天気予報を元に、その日
洗濯物が乾くか乾かないかを数値化したもの(100が最大値、100に近くなるほど乾きやすい)。ただし、言葉自体は『おはようパーソナリティ中村鋭一です』(ABCラジオ・1971年4月 - 1977年3月)にて中村鋭一が使用している。
ハンマー投げ効果
台風の回転による遠心力で、中心から遠く離れた場所でも、南海上からの暖湿気流が山地にぶつかって大雨が降ることを、ハンマー投げにたとえたもの。
裕次郎雨
俳優の石原裕次郎の命日である7月17日雨天が多いことから、「裕次郎雨」を季語とすることを提唱。毎年その時期には『話題のアンテナ 日本全国8時です』にて「裕次郎雨」を題材にした川柳を募集、放送している。
野村克也エルニーニョ
野村が南海ホークス時代にホームラン王となった1957年、三冠王となった1965年、そして南海ホークスがリーグ優勝した1973年にそれぞれエルニーニョ現象が起きていることを引き合いに、エルニーニョ現象が起きる時は野村に必ず良いことがあると主張。野村が当時監督を務めていた東京ヤクルトスワローズがリーグ連覇を果たした1993年10月15日放送の「筑紫哲也 NEWS23」に中継出演した野村は、前年(1992年)のキャンプ時に新聞記者からそのことを知ったと話している。なお、4年後の1997年にもエルニーニョ現象が発生しているが、やはりこの年もリーグ優勝、そして日本一に輝いている。
気象庁・気象予報士 VS 森田さん

日本全国8時です』や『えなりかずき!そらナビ』で、気象庁や他局出演・他事務所所属の気象予報士の行った天気予報・解説に対して、批判や意見を述べることがよくある。内容的には「気象予報士(天気予報)の自由化について」や「(専門的に見て)間違っている部分」・「解説が不十分な」点について熱く語っている。

また、『日本全国8時です』で森田が担当の水曜日では、ほかの曜日と比べて森本毅郎から何らかの突っ込みが入り、聴取者の笑いを誘うことが非常に多い。2008年では聴取者のメール投稿により突っ込みが入ることがある。
エピソード

9歳の時に、実家を
伊勢湾台風が直撃。停電し、兄が漕ぐ自転車のヘッドランプで明かりをとった。その光景が強烈な記憶になっており、これが気象予報士になる遠因の一つになったともいう[8]

小学5年生・小学6年生の時に大きなプラネタリウムに憧れ、名古屋市科学館に毎週のように通う。これが気象予報士になるきっかけともなった[8]

ラジオ番組のお天気コーナーで無音放送を3回犯してしまい、出入り禁止とされている[5]

1回目:放送前にカフ(音声スイッチ)をオンにしなかったため、音声が届かず。(本人曰く「マイクのスイッチは常に入っていると思ってたが、スイッチ入れるなんて教えてもらってないし!」)

2回目:放送局のブースには入っていたが、間違えて別の局のブースに入ってしまった。(本人曰く「ブースが似てるのが悪いでしょ!」)

3回目:当時所属していた気象協会で当日、台風による影響で電話対応に追われ、気が付いたら放送が終わっていた。


日本気象協会東京本部に勤めていたある日、天気予報が外れ、東京のラジオ番組でその理由を説明して謝罪すると、池田彌三郎による「丁寧な天気予報だ」と褒めるコメントが新聞に掲載。天気予報をわかりやすく伝えていこうというきっかけとなった[3]

酒好きで深酒することが多いため、失敗談も多い。帰りの電車で寝込んでしまい降車駅を乗り過ごしたことは数知れず。1995年には酒の影響で『森本毅郎・スタンバイ!』の生放送を寝過ごしてしまったことがあり、以後水曜日のレギュラー出演に備えて「火曜日の夜は絶対飲まないようにしている」という[3]

『日本全国8時です』の森本のほか、『えなりかずき!そらナビ』のえなりかずき、『Nスタ』の堀尾正明など、MCからいじられる役回りが増えている[9]

2010年1月29日、『えなりかずき!そらナビ!』の生放送終了後、名古屋から東京に戻る際乗車していた東海道新幹線が、横浜市内で起きた架線火災事故による停電の影響で三河安城駅付近で足止めになり、『イブニングワイド』の生放送本番に間に合わない事態が発生した(森田は新幹線車内で電話にて出演)。なお、その夜放送の『NEWS23』には予定通り出演した。

テレビ・ラジオ番組

放送局の表記がないものはTBSテレビの番組。
現在

Nスタ(月?金曜日 → 月・火曜日 → 金曜日 [注 2]、2010年3月29日 - )


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