梓みちよ
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梓 みちよ

基本情報
出生名林 美千代[1]
生誕 (1943-06-04) 1943年6月4日[1]
出身地 日本福岡県福岡市博多区[2]
死没 (2020-01-29) 2020年1月29日(76歳没)
学歴宝塚音楽学校中退
ジャンル歌謡曲ポップ・ミュージック
活動期間1962年 - 2020年
レーベルキングレコード1962年 - 1979年
CBS・ソニー1979年 - 2020年
事務所アラベスク

梓 みちよ(あづさ みちよ、1943年6月4日[1] - 2020年1月29日[3])は、日本歌手女優。本名は林 美千代(はやし みちよ)[1]。血液型はO型[2]。株式会社アラベスク所属で株式会社プロダクション尾木と業務提携。

日本統治下の朝鮮釜山市生まれ。福岡県福岡市博多区出身[2]福岡女学院中学校・高等学校2年中退[4]宝塚音楽学校中退[5]1960年代から1970年代を中心にヒットを飛ばした。アメリカンポップスから歌謡曲まで幅広いレパートリーを持つ。
略歴

1960年、福岡女学院高校を2年で中退して宝塚音楽学校に入学。同校在学中に渡辺プロダクションのオーディションに応募し合格し、上京し契約する[2](同校は中退[5][6]

約1年間のレッスンを経て、1962年に“ボサノバ娘”のキャッチフレーズでキングレコードより「ボッサ・ノバでキッス」でデビューし[2]、歌手として本格的に活動を始める。

芸名の名付け親は渡辺プロダクション創業者の渡辺晋[7]。「梓弓のようにしなやかで強くなって欲しい」の意味で名付けられたという[7]

1963年7月、『夢であいましょう』の今月の歌として発表された[2]こんにちは赤ちゃん」(作詞・永六輔、作曲・中村八大)が大ヒットとなり、同年12月の第5回日本レコード大賞の大賞を受賞[1]。また『第14回NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たし、人気歌手としての地位を得た。また同曲は翌1964年3月の第36回選抜高校野球大会開会式入場行進曲に採用された。更には1964年5月に東京都文京区椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会に招待されて、昭和天皇の御前でこの歌を披露した。明治時代以降において日本芸能界初の天覧歌謡曲となる[8]

しかしその後は、1969年の『第20回NHK紅白歌合戦』まで7年連続出場していた紅白歌合戦も翌1970年に落選、1973年まで4年間出演出来なかった。1971年に俳優の和田浩治と結婚したが、翌1972年に離婚している[9]

1974年には床に座り込んで歌う「二人でお酒を」(作詞・山上路夫、作曲・平尾昌晃)が久々に大ヒット。同曲で第5回日本歌謡大賞・放送音楽賞、同年末の第16回日本レコード大賞・大衆賞をそれぞれ受賞し、また『第25回NHK紅白歌合戦』にも5年ぶり8回目の復帰出場を果たし、イメージ・チェンジを成功させた。一方、1971年7月から1978年2月まで『新婚さんいらっしゃい!』(司会・桂三枝)の2代目アシスタントを務めていた。

1975年末の『第26回NHK紅白歌合戦』は、第二次世界大戦中に流行したドイツの歌謡曲「リリー・マルレーン」を日本語詞で歌唱。

1976年は「メランコリー」(作詞・喜多条忠、作曲・吉田拓郎)が翌1977年にかけてロングヒット。同曲で1976年末に第18回日本レコード大賞・編曲賞(編曲・萩田光雄)を受賞し、『第27回NHK紅白歌合戦』に3年連続で出演した。

1979年レコード会社CBS・ソニー(現在のソニー・ミュージックレーベルズ)に移籍。同年日本専売公社(現在の日本たばこ産業)「パートナー」のCMソングに採用された「よろしかったら」(作詞・阿木燿子、作曲・筒美京平)がスマッシュヒット。1982年、前年の1981年5月に37歳で死去したシンガーソングライター大塚博堂の「トマトジュースで追いかえすのかい」(作詞・阿久悠、作曲・大塚博堂)をカバーした。

1992年には『第43回NHK紅白歌合戦』に16年ぶり11回目の紅白カムバック出場を果たし、同年6月に死去した作曲家・中村八大を偲んで「こんにちは赤ちゃん」を歌唱した。

持ち歌である「こんにちは赤ちゃん」を自身で封印し長年コンサートでは歌わなかった[注釈 1]。その理由は「この歌は今、私にとって重すぎる」「いまさらこの歌は私には似合わない」などというものだったが、2002年の40周年記念コンサートでのアンコールの際に「初めて、心からこの歌の素晴らしさを理解することが出来た。こんな良い歌を今まで歌わなかったのか、情けない」と言い、封印を解き歌唱。2006年には、「この曲は私にとって世に出してもらうきっかけであり、一番の宝物だから、大切にしよう。40年かかって、そんな気持ちになれたから、アンコールの最後に、やっと歌えたんです」と明かした。以後はステージでも必ず歌うようになった。「こんにちは赤ちゃん」の封印を解いた理由について、梓自身は「米国日系の一世、二世の方々の前で(「こんにちは赤ちゃん」を)歌った時に皆さんが涙を流しているのを見て後悔したから」とも語っていた[10]

晩年は「良い歌は古い歌でも後輩の歌でも関係なく歌っていきたい」とJポップ、歌謡曲からタンゴ、シャンソンなど幅広いジャンルの歌を歌った。

2020年2月3日、東京都内の自宅で1月末に死去していたことが公表された。所属事務所によると、出演番組の打ち合わせで1月29日に訪れたマネージャーが、ベッドの上で亡くなっていた梓を見付けたという[11][12]。マネージャーは警察に通報したが、事件性はなく、その場で死亡が確認された[13]。76歳没[3]。死因は心不全だった。

2020年2月9日にBSテレ東で「緊急特番 ありがとう!梓みちよさん」が放送された。司会は合田道人水原恵理
人物

さんまのまんま』第69回(1986年10月6日)に出演した時、明石家さんまの失礼な言動に対し怒って、グラスのシャンパンをさんまに対して掛けた。後日謝罪し、さんまにブレスレットをプレゼントした[5]。ちなみに、騒動後に出したシングルのタイトルは『シャンペンでこんや破産』であった。

2016年7月11日、同年7月7日に83歳で死去した「こんにちは赤ちゃん」の作詞家・永六輔の訃報を受け、梓は「突然の訃報にただ驚いております。最後にお会いしたのは2年前『夢であいましょう』のイベントで、その時は『こんにちは赤ちゃんのアンサーソングを作ろうよ』の話で盛り上がり、お元気な印象でした。私がデビュー間もない頃に永さん作詞、中村八大さん作曲の『こんにちは赤ちゃん』の曲を頂いた時『ママでもないのにどう歌えばいいんですか?』と泣きそうになりながら聞いた処『いいかい、女性はみんな母性本能があるんだ。胸に玉のようなかわいい赤ちゃんを抱いていると思って歌えばいいんだよ』とアドバイスを頂きました。その言葉が昨日のように思い出されます。永さんなしでは『梓みちよ』という歌手は誕生しませんでした。感謝の気持ちしかありません。有難う御座いました。ご冥福をお祈り申し上げます」と追悼のコメントを発表した[14]

ディスコグラフィ
シングル

#発売日A/B面タイトル作詞作曲編曲レーベル規格品番
1
1962年
11月A面ボッサ・ノバでキッス水島哲J.Sherman
N.Sherman宮川泰キング
レコード
EB-7176
B面恋のゆきどまりあらかはひろしC.King
J.Keller
21963年
2月A面スカイリング・デイト横井弘宮川泰EB-7178
B面グッドバイ・ジョー星加ルミ子H.Wittstatt東海林修
31963年
3月A面恋はボッサ・ノバ水島哲B.Mann
C.Weil森岡賢一郎EB-7192
B面すてきなメモリー池すすむB.Arthur
A.Lorber東海林修
41963年
5月A面渚のデイト漣健児B.Davis
T.Murray宮川泰EB-7205
B面ラスト・ダンスを私とあらかはひろしD.Pomus
M.Schuman
51963年
6月A面ヘイ・ポーラ[注釈 2]みナみカズみR.Hildebrand東海林修EB-7220
B面黒い瞳に青い空あらかはひろしM.Panzeri
61963年
11月A面こんにちは赤ちゃん永六輔中村八大EB-1000
B面いつもの小道で[注釈 2]
71964年
1月A面ダンケ・シェーン加茂亮二B.Kaempfert東海林修EB-7259
B面月光価千金福地美穂子L.Shay
81964年
3月A面ラスト・ダンスを私とあらかはひろしD.Pomus
M.Schuman宮川泰BS-7004
B面二人で夢を安井かずみA.Kent東海林修
91964年
4月A面おかあさん江間章子中田喜直BS-10
B面12と13[注釈 2]水木ひろし桜井順東海林修
101964年
6月A面夢みる想いあらかはひろしN.SalernoBS-7017
B面ウィッシング・ウェル南新L.Weiss
L.Edwards Jr.
111964年
10月A面リンデンバウムの歌岩谷時子山本直純BS-121
B面夕陽が似合う安井かずみ東海林修
121964年
12月A面白い想い出山崎唯森岡賢一郎BS-145
B面幸福を祈ろう永六輔いずみたく
131965年
5月A面忘れな草をあなたに木下龍太郎江口浩司山本直純BS-207
B面虹を掴もうよ岩谷時子山本直純
141965年
6月A面言えばよかった萩原哲晶BS-266
B面ごめんなさい安井かずみ松宮庄一郎宮川泰
151965年
11月A面忘れたはずなのに宮川泰BS-330
B面笑顔をみせて松原雅彦白石信宮川泰
161966年
5月A面ねむの木の子守歌皇太子妃美智子山本正美山本直純BS-410


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