梅田ピカデリー
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この項目では、大阪市内にあった映画館の梅田ピカデリーについて説明しています。「ピカデリー梅田」の名義で『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演しているシニアタレントについては「菅登未男」をご覧ください。

梅田ピカデリー


情報
通称ピカデリー
正式名称梅田ピカデリー1・2・3・4
旧名称3:梅田ロキシー
4:梅田松竹
完成1980年
開館1980年3月15日
開館公演遥かなる山の呼び声(梅田松竹)
1941(ピカデリー1)
あしたのジョー(ピカデリー2)
矢沢永吉 RUN&RUN(梅田ロキシ?)
閉館2011年1月16日
最終公演ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1(ピカデリー3)
最後の忠臣蔵(ピカデリー2)
武士の家計簿(ピカデリー4)
ゲゲゲの女房(ピカデリー1)
収容人員1,918人(4館合計)人
設備ドルビーデジタルサラウンドEX(全館共通)、DTS(1と3のみ)
用途映画上映
運営松竹株式会社
所在地530-0051
大阪市北区太融寺町8-17
プラザ梅田ビル
アクセスJR大阪駅北新地駅梅田駅東梅田駅西梅田駅から徒歩約10分
地下街「ホワイティうめだ」から「泉の広場」をあがってすぐ
外部リンク梅田ピカデリー
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梅田ピカデリー(うめだピカデリー)は、大阪市北区太融寺町にあった映画館(梅田ピカデリー1・2・3・4)の総称。

松竹株式会社が経営・運営する映画館。大阪北地区における松竹東急系のチェーンのチェーンマスター的存在であった。
概要

1980年昭和55年)3月1日にオープンした梅田松竹会館(現・プラザ梅田ビル)内にあった。チケット売場は1階にあり、上映作品のチケットはすべて購入可能であった。

2011年平成23年)1月16日をもって閉館した後、大阪ステーションシティシネマに移転する[1]
商業施設の入居

2012年(平成24年)4月14日、梅田ピカデリー1のあったプラザ梅田ビル9階から11階部分に「梅田クラブクアトロ」が開館[2]心斎橋パルコの8階に入居していた「心斎橋クラブクアトロ」が、同館の閉館・建て替えを受けて移転したもの)。

11月17日、梅田ピカデリー2のあった8階部分に大阪プロレスの新会場として「ナスキーホール・梅田」がオープンした[3]

2013年(平成25年)5月1日、梅田ピカデリー3のあった5階部分に池田呉服座が運営する大衆演劇の劇場「梅田呉服座」が開場[4]
システム

2003年(平成15年)からは、全席指定・定員入替制となった。そのため、1階のチケット売場で購入できる前売券・株主券などの券は、当日券(時間指定券)に引き替えてから、各劇場に入場するシステムになった。
各館の特徴
梅田ピカデリー1

ビルの10階。定員605人。常に、大作の松竹東急系洋画作品が上映された。丸の内ピカデリー1系のチェーンである。

代表作:『1941』(オープニング上映作品)、『ハリー・ポッター』シリーズ、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ、『ナルニア国物語』シリーズ ほか

梅田ピカデリー2

ビルの8階。定員455人。やや、味のある洋画と邦画を中心に上映された。丸の内ピカデリー2系のチェーン。

代表作:『
風の谷のナウシカ』、『ベイブ』シリーズ、『ファインディング・ニモ』、『隠し剣 鬼の爪』、『チャーリーとチョコレート工場』、『武士の一分』、『東京タワー ?オカンとボクと、時々、オトン?』、『怪談 KWAIDAN』、『母べえ』、『最高の人生の見つけ方』、『幸せの1ページ』、『おとうと』 ほか


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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