梅が丘
町丁
横浜市立谷本中学校
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度32分07秒 東経139度31分34秒 / 北緯35.535253度 東経139.526039度 / 35.535253; 139.526039
国 日本
都道府県 神奈川
市町村 横浜市
行政区青葉区
人口情報(2023年(令和5年)4月30日現在[1])
人口5,346 人
世帯数2,404 世帯
面積([2])
0.441 km²
人口密度12122.45 人/km²
設置日1966年(昭和41年)11月6日
郵便番号227-0052[3]
市外局番045(横浜MA)[4]
ナンバープレート横浜
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梅が丘(うめがおか)は、神奈川県横浜市青葉区の地名。「丁目」の設定のない単独町名である。住居表示未実施区域。 横浜市青葉区西部に位置する。地域内は全域が東急によって開発された住宅街となっている。開発前は西八朔町、北八朔町の一部であったが、現在ではそれらは緑区、梅が丘は青葉区となっている。 地域内には横浜市立谷本中学校、日本たばこ産業中央研究所がある。 東は千草台、西はつつじが丘・さつきが丘、南は緑区西八朔町・北八朔町、北は藤が丘と接している。 住宅地の地価は、2023年(令和5年)1月1日の公示地価によれば、梅が丘26番36の地点で23万4000円/m2となっている[5]。 周辺に植物にちなんだ町名が周辺に多いことから、地元住民の要望により「梅が丘」と名付けられた[7]。瑞祥地名。 実施後実施年月日実施前(各町名ともその一部) 2023年(令和5年)4月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。 町丁世帯数人口 国勢調査による人口の推移。 人口推移年人口 国勢調査による世帯数の推移。 世帯数推移年世帯数 市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2021年8月時点)[14]。 番地小学校中学校 2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[15]。 町丁事業所数従業員数 経済センサスによる事業所数の推移。 事業者数推移年事業者数
概要
地価
歴史
沿革
1966年(昭和41年)11月6日 - 土地区画整理事業(下谷本西八朔)[6]に伴い、横浜市緑区西八朔町、北八朔町の一部より、横浜市緑区梅が丘を新設。
1994年(平成6年)11月6日 - 港北区と緑区を再編し、青葉区と都筑区を新設。横浜市青葉区梅が丘となる。
地名の由来
町名の変遷
梅が丘昭和41年11月6日西八朔町・北八朔町
世帯数と人口
梅が丘2,404世帯5,346人
人口の変遷
1995年(平成7年)[8]5,519
2000年(平成12年)[9]5,494
2005年(平成17年)[10]5,595
2010年(平成22年)[11]5,389
2015年(平成27年)[12]5,365
2020年(令和2年)[13]5,216
世帯数の変遷
1995年(平成7年)[8]2,087
2000年(平成12年)[9]2,051
2005年(平成17年)[10]2,104
2010年(平成22年)[11]2,121
2015年(平成27年)[12]2,105
2020年(令和2年)[13]2,206
学区
19?22番地
23番地の16・210?218
24番地
25番地の2・4?5
25番地の13?21・29?31
25番地の33・41?44
27?31番地横浜市立藤が丘小学校横浜市立谷本中学校
1?18番地
23番地の1?15・17?209
25番地の1・3・6?12
25番地の22?28・32・34?40
25番地の45?46・48・50?52
26番地、32番地以降横浜市立つつじが丘小学校
事業所
梅が丘80事業所615人
事業者数の変遷
2016年(平成28年)[16]54
2021年(令和3年)[15]80
Size:32 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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