桑田靖子
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桑田 靖子
出生名池田咲恵子
生誕 (1967-10-30)
1967年10月30日(56歳)
出身地 日本福岡県直方市
ジャンルアイドル歌謡曲J-POP
職業歌手タレント
活動期間1982年 -
事務所サンミュージックグループ
フリーランス
公式サイト ⇒http://kuwata-yasuko.com/

桑田 靖子(くわた やすこ、本名:池田咲恵子[1]1967年10月30日[1] - )は、日本の女性歌手タレント。身長156cm、血液型はA型。福岡県直方市出身[2]堀越高等学校卒業[1]
来歴

小学生時から歌が得意でちびっこのど自慢大会などに多数出演した[3]。初めて人前で歌を歌ったのは、小学1年生の時に町の祭りで桜田淳子の曲『わたしの青い鳥』を歌ったことだったという[4]。小学6年生の時から、かつて松田聖子も通っていた地元・福岡の歌謡学校に通い始める[2]。1980年(中学1年)に梓みちよの「よろしかったら」を歌い福岡音楽祭にてグランプリを獲得[3]、1981年(中学2年)には文化放送主催のオーディション「全日本ヤング選抜スターは君だ」で優勝[3]、同年8月に上京し、1年半ほど声楽家の松田トシの元で基礎レッスンを積む[2]。1982年には「東芝・タレントスカウトキャラバン」でも優勝し、大手事務所サンミュージックプロダクション所属となる[3]

1983年3月21日、シングル「脱・プラトニック」で東芝EMIからレコードデビュー[3]。キャッチフレーズは「これは、16歳の戒厳令だ。」[5](一般的には「クラスで5番目に可愛い女の子」がキャッチフレーズとして浸透しているが、桑田本人は「公式ではない」と否定している[6])。抜群の高い歌唱力が売りだった。同年デビューの歌手に大沢逸美森尾由美松本明子小林千絵THE GOOD-BYE岩井小百合いとうまい子原真祐美小出広美などがいた[7]。前年の「花の82年組」と比べ目立って売れたアイドルが存在しなかったため「不作の83年組」と言われた。明るいキャラクターでラジオパーソナリティなどもこなした。

1988年に音楽活動に専念したい理由から、デビュー当時から所属していたサンミュージックプロダクションを辞める。1990年代に入ってから自身のライブ活動、アニソン、コーラス業などで活動し「咲恵子(さえこ)」、「Sae」の名でも活動。1990年代後半から2000年代前半にかけて、出身地の福岡に戻り、九州朝日放送福岡放送でリポーターや、テレビ出演をしていたこともあった[8]。2010年より、桑田靖子名義でライブ活動開始。

2011年10月23日、約15年振りの新曲「アナタノウタ」がiTunes Store、各種着うたサイトにて配信される。

2013年10月23日、デビュー30周年記念オリジナルアルバム「アナタノウタ」を発売。

2015年5月27日、オリジナルアルバム「わたしの歩むみち」を発売。

2016年5月25日、オリジナルアルバム「幸せのトビラ」を発売。

2018年6月1日、テレビ朝日の生放送バラエティ番組『スマートフォンデュ』に出演、デビュー曲「脱・プラトニック」を披露した。

2018年7月27日、投票で2か月連続上位となり、テレビ朝日の生放送バラエティ番組『スマートフォンデュ』に2度目の出演、第4弾シングル「マイジョイフルハート」を披露した。

2018年11月19日20日、東京銀座博品館劇場にてデビュー35周年を記念して、同期デビューの大沢逸美森尾由美小林千絵松本明子徳丸純子木元ゆうこを集めライブイベント「83年組アイドル ―不作と言われた私たち「お神セブン」と申します―」を開催[9]

2019年11月8日、通算10枚目のオリジナルアルバム「夢みるように生きましょう」発売。

2023年9月29日・9月30日、東京銀座博品館劇場にて、83年組デビュー40周年を記念して「お神セブン[10]再結集」開催。
エピソード

デビュー時のプロモーション活動は、デビュー日ギリギリ直前まで顔を出さず、歌声だけを公開するという従来とは逆パターンの方法で行った
[2]。こういったことから正式デビュー前に、ラジオ文化放送の『吉田照美の夜はこれから てるてるワイド』に、名前を名乗らずいきなり乱入し、『脱・プラトニック』をアカペラで歌った。これは数日繰り返され、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}吉田照美には知らされていない内容ではあったが、勿論、企画である[要出典]。

アイドル時代は自身のルックスに対して、非常にコンプレックスを持ち、街を歩いてると知らない人から「あなたがなんでアイドルでデビューしてるの。そんなブッサイクなのに」と頻繁に直接言われたりもした[11]

堀越学園高校では同級生に岡田有希子倉沢淳美高部知子長山洋子永瀬正敏菊地陽子本田美奈子松本友里長沢由利香河上幸恵松尾久美子南野陽子宮崎ますみ柴田くに子森奈みはる田中久美片岡孝太郎などがいた。

1986年に発売予定だったシングル「コンクリートを抱きしめて」は、発売直前の同じ事務所所属であり、クラスメイトである岡田有希子の自殺の影響で「ララバイを抱きしめて」と改題され、当初B面の予定だった「JUST」がA面として発売された。

8時だョ!全員集合」の体操のコーナーで、男性とペアを組むのが嫌で楽屋にこもってしまい、本番に出なかったことがある[12]

出演
テレビ

花の女子校 聖カトレア学園テレビ東京

天才・たけしの元気が出るテレビ!!(1985年4月 - 1988年1月、日本テレビ

でたがりサンデー45(名古屋テレビ

ドラマ女の手記「激写狩人フォトハンター」(テレビ東京)

暴れん坊将軍III 第2話「大奥に咲いた危険な恋」 - お光(1988年、テレビ朝日東映


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