染色体不分離(せんしょくたいふぶんり、英: nondisjunction)とは、細胞分裂(有糸分裂/減数分裂)時に相同染色体または姉妹染色分体が適切に分離しない現象である。不分離には、減数第一分裂において相同染色体対が分離しない場合、減数第二分裂において姉妹染色分体が分離しない場合、有糸分裂において姉妹染色分体が分離しない場合の3つのケースがある[1][2][3]。不分離の結果、異常な染色体数(異数性)を持つ娘細胞が生じる。
カルヴィン・ブリッジス(英語版)とトーマス・ハント・モーガンは、コロンビア大学の動物学研究室で働いていた1910年の春に、キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterの性染色体の不分離を発見した[4]。 一般的に、染色体の規則正しい分配を伴うあらゆる種類の細胞分裂過程で染色体不分離が生じる場合がある。高等動物では、こうした細胞分裂には3つの種類がある。減数第一分裂と第二分裂は有性生殖のために配偶子(卵と精子)を形成する際に行われる特殊な細胞分裂形態であり、有糸分裂はそれ以外の全ての細胞が利用する細胞分裂の形態である。 排卵された卵は、受精によって第二分裂が開始されるまで、第二分裂中期で停止している[5]。第二分裂後期には、有糸分裂の分離過程と同様に、第一分裂で二価染色体の分離によって生じた姉妹染色分体の対がさらに分離される。卵母細胞では、姉妹染色分体の一方は第二極体へ分離され、もう一方が卵にとどまる。精子形成過程においては減数分裂は対称的であり、第一分裂後には各一次精母細胞から2つの二次精母細胞が生じ、最終的に第二分裂後には4つの精子が形成される。第二分裂での不分離は染色体異数性症候群の原因となる可能性があるが、第一分裂における不分離よりはかなり小規模である[6]。有糸分裂時の姉妹染色分体の不分離。左: 有糸分裂の中期。染色体は中期板に整列し、紡錘体が形成され、姉妹染色分体のキネトコアは微小管に接着している。右: 有糸分裂の後期。姉妹染色分体は分離し、微小管がそれぞれ逆方向に引っ張る。赤で示された染色体は適切に分離しておらず、姉妹染色分体間が接着されたまま同じ方向に引っ張られている。その結果、この染色体は不分離となる。 有糸分裂による体細胞の分裂は、S期の遺伝物質の複製に続いて行われる。そのため、各染色体はセントロメアで連結された2つの姉妹染色分体から構成される。有糸分裂の後期には姉妹染色分体は分離し、細胞が分裂する前に各紡錘体極に向かって移動する。有糸分裂時の不分離の結果、娘細胞の一方は姉妹染色分体の双方を受け取るこことなり、もう一方は1本も受け取らないこととなる[2][3]。有糸分裂時の不分離は、不分離が起こった細胞に由来する娘細胞だけが染色体数の異常を示すため、体細胞モザイクの原因となり[3]、また網膜芽細胞腫などいくつかの種類のがんの発生に寄与する場合がある[7]。有糸分裂時の不分離は、II型トポイソメラーゼ 紡錘体チェックポイント(SAC)は、真核生物細胞において適切な染色体分離 ヒトの染色体異数性症候群の症例研究からは、こうした疾患の大部分が母親に由来することが示されている[5]。このことからは、なぜ女性の減数分裂はよりエラーが起こりやすいのか、という疑問が生じる。女性の卵形成と男性の精子形成の最も顕著な差異は、卵母細胞は最大で数十年もの長い間、減数第一分裂前期の終盤で停止しているという点である。一方、男性の配偶子は減数第一分裂と第二分裂の全ての段階を迅速に通過する。男性と女性の減数分裂でみられる他の重要な差異は、相同染色体間の組換え頻度である。男性では、ほぼすべての染色体対が少なくとも1か所の乗換えによって連結されているが、ヒトの卵母細胞の10%以上では、乗換えが起こっていない二価染色体が少なくとも1つ存在する。組換えの失敗や不適切な位置での乗換えがヒトの染色体不分離に寄与することは詳細に記載されている[5]。 ヒトの卵母細胞では長期にわたって減数分裂が停止しているため、コヒーシンによる染色体間のつなぎ合わせ(cohesin tie)の減少やSAC活性の低下が加齢と関連した分離制御のエラーに寄与している可能性がある[6][12]。コヒーシン複合体は姉妹染色分体を共に保持するとともに、紡錘体への接着部位ともなっている。コヒーシンは胚発生時に卵原細胞で新たに複製された染色体にロードされる。成熟した卵母細胞におけるS期完了後のコヒーシンの再ローディング能力は限定的である。そのため、減数第一分裂が完了するまでの長期間の停止は、コヒーシンのかなりの経時的喪失を引き起こす。コヒーシンの喪失は、減数分裂時の不適切な微小管-キネトコア間接着と染色体分離のエラーに寄与すると考えられている[6]。 染色体不分離の結果、染色体数が不均衡な細胞が生じる。こうした細胞は異数体 ヒトで唯一生存可能なモノソミーはターナー症候群であり、X染色体モノソミーである。通常、他のモノソミーは初期胚発生時に致死となり、モザイクのように体の全ての細胞が影響を受けているわけではない場合か、モノソミーとなっている染色体の重複によって正常な染色体数が回復された場合(chromosome rescue)にのみ、生存が可能である[2]。 1本のX染色体の完全な喪失はターナー症候群の症例の約半数を占める。胚発生時に双方の染色体が存在することの重要性は、X染色体を1本しか持たない胎児の圧倒的大多数(>99%)が自然流産となることからも明らかである[13]。 常染色体トリソミーは、性染色体(X、Y)以外の染色体が正常な2コピーではなく3コピー存在することを意味する。 ダウン症候群は21番染色体のトリソミーであり、ヒトの染色体数異常として最も一般的である[2]。
種類
減数第二分裂
有糸分裂
分子機構
紡錘体チェックポイントの中心的役割
減数分裂における性特異的差異
加齢に伴うcohesin tieの喪失
影響
モノソミー
ターナー症候群(Xモノソミー; 45,X0)Xモノソミー(ターナー症候群)の核型。この疾患はX染色体を1本しか持たず、Y染色体を持たない(右下)ことで特徴づけられる。
常染色体トリソミー
ダウン症候群(21トリソミー)21トリソミー(ダウン症候群)の核型。21番染色体が3コピー存在するが、他の全ての染色体は正常な2コピーずつ存在する。21トリソミーの大部分は減数第一分裂時の染色体不分離によって引き起こされる。