東洋紡オーキス
ホームタウン大阪府守口市
廃部年2002年
チーム所在地大阪府守口市
体育館所在地大阪府守口市
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東洋紡オーキス(とうようぼうオーキス)は、かつて大阪府守口市を本拠地として活動していた日本の女子バレーボールチームである。2002年に廃部となった。獲得タイトル計6回。 終戦直後に9人制チームとしてスタートし、1961年に大阪府守口市に6人制チーム「東洋紡守口」として結成された。1967年日本リーグ第1回大会から参戦し、数々の実績を残す。1994年にVリーグに移行(東洋紡オーキス・バレーボール部)してからも、大林素子、アルタモノワなどの活躍により二度の優勝を果たすが、東洋紡本社の不振などの理由により2002年をもってチームは解散、35年に渡る活動の幕を下ろした。 大会名順位参加チーム数試合数勝敗勝率 2001年12月8日版[1] 背番号名前年齢国籍Position備考
目次
1 歴史
2 成績
2.1 主な成績
2.2 年度別成績
3 廃部年度の選手・スタッフ
3.1 選手
3.2 スタッフ
4 在籍していた主な選手
5 脚注
6 関連項目
7 外部リンク
歴史
成績
主な成績
日本リーグ/Vリーグ
優勝 2回(1998年度、2000年度)
準優勝 3回(1980年度、1983年度、1984年度)
全日本都市対抗/黒鷲旗全日本選抜
優勝 なし
準優勝 4回(1981年、1984年、2001年、2002年)
国民体育大会成年女子(6人制)
優勝 3回(1969年、1970年、1984年)
準優勝 (1982年、1986年)
年度別成績
日本リーグ第1回 (1967/68)5位6チーム10190.100
第2回 (1968/69)5位6チーム10370.700
第3回 (1969/70)3位6チーム10640.600
第4回 (1970/71)4位6チーム10370.300
第5回 (1971/72)4位6チーム10370.300
第6回 (1972/73)6位6チーム10190.100
実業団リーグ第5回 (1973/74)準優勝6チーム10910.900
第6回 (1974/75)準優勝6チーム10910.900
第7回 (1975/76)準優勝6チーム10910.900
第8回 (1976/77)準優勝6チーム10730.700
日本リーグ第11回 (1977/78)4位6チーム10370.300
第12回 (1978/79)4位6チーム10550.500
第13回 (1979/80)6位6チーム10280.200
第14回 (1980/81)準優勝8チーム141130.786
第15回 (1981/82)3位8チーム211470.667
第16回 (1982/83)3位8チーム211380.619
第17回 (1983/84)準優勝8チーム211830.857
第18回 (1984/85)準優勝8チーム211650.762
第19回 (1985/86)7位8チーム217140.333
第20回 (1986/87)8位8チーム212190.095
実業団リーグ第19回 (1987/88)準優勝8チーム141130.786
第20回 (1988/89)優勝8チーム141310.929
日本リーグ第23回 (1989/90)7位8チーム144100.286
第24回 (1990/91)8位8チーム144100.286
実業団リーグ第23回 (1991/92)優勝8チーム141401.000
日本リーグ第26回 (1992/93)7位8チーム143110.214
第27回 (1993/94)8位8チーム141130.071
実業団リーグ第26回 (1994/95)準優勝8チーム141220.857
Vリーグ第2回 (1995/96)3位8チーム211560.714
第3回 (1996/97)準優勝8チーム211470.667
第4回 (1997/98)6位8チーム218130.381
第5回 (1998/99)優勝10チーム181350.722
第6回 (1999/2000)準優勝10チーム181260.667
第7回 (2000/01)優勝10チーム181530.833
第8回 (2001/02)6位9チーム166100.375
廃部年度の選手・スタッフ
選手
1吉原知子31 日本センター
2江藤直美29 日本センター
3森山淳子26 日本センター
5島崎みゆき27 日本セッター
7小田幸
8佐藤和美
10萩原美代子
11西村佳名子
12松永亜希子
役職名前国籍備考
部長林健治 日本
監督柳本晶一 日本
コーチ山村政彦 日本
トレーナー西野利恵 日本
トレーナー瀧野朋子 日本
マネージャー山崎昌子 日本
医師大槻伸吾 日本
広報担当兼総務松井文男 日本