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出典検索?: "東京大学大学院理学系研究科・理学部"
東京大学理学部(とうきょうだいがくりがくぶ、英称:Faculty of Science)は、東京大学の後期課程に設置される学部の一つである。また、東京大学大学院理学系研究科(とうきょうだいがくだいがくいんりがくけいけんきゅうか、英称:Graduate School of Science)は、東京大学大学院に設置される研究科の一つである。
理学部と理学系研究科は一体となって運営されているため、この記事で合わせて解説する。 所在地 理学部の施設は学部事務室の置かれている東京都文京区本郷の本郷キャンパスの他、同弥生の浅野キャンパス(生物化学科、生物情報科学科)、目黒区駒場の駒場Iキャンパス(数学科)にも分散して置かれている。また理学系研究科の一部研究室は千葉県柏市柏の葉地区の柏キャンパスにも置かれている。 象徴 理学部のスクールカラーは樺色である。また、理学系研究科・理学部のロゴマークも存在し、「り」と「S」の文字を図案化したものとなっている。ロゴマークは2007年に制定された。 旧制時代理科大学本館(山口半六設計)小石川植物園を訪れたアインシュタイン(1922年11月29日) 理学部は1877年の旧東京大学設立時からある学部の一つであり、特に化学科は1877年に卒業生(3名)を出した唯一の学科である[1]。当初は数学科、物理学科、化学科(純正化学、応用化学)、生物学科(動物学、植物学)、星学科、工学科(機械工学、土木工学)、地質学科、採鉱冶金学科の8学科で構成されていた。また、学部設置とともに小石川植物園が東京大学理学部附属施設となった。 1885年には、工学科および採鉱冶金学科学科が新設の工芸学部に移る。 1886年には数学科、星学科、物理学科、化学科、動物学科、植物学科、地質学科からなる帝国大学理科大学となる。同年、臨海実験所設置。 1897年、京都帝国大学設置に伴い、東京帝国大学理科大学と改称。 1907年、地質学科が地質学科と鉱物学科に分割。 1919年、分科大学制が廃止され、東京帝国大学理学部となる。 地理学科(1919年)、天文学科(1919年星学科から改称)、地震学科(1923年の関東大震災後に設置、1941年地球物理学科に改称)、人類学科(1939年設置)と学科新設・改称が行われた。 新制時代 理学部 1949年に新制東京大学理学部となる際に学科の統合が行われ、数学科、物理学科(物理学、天文学、地球物理学の各課程)、化学科、生物学科(動物学、植物学、人類学の各課程)、地学科(地質学・鉱物学、地理学の各課程)となった。 その後、以下の学科改組・新設が行われ、現在に至る。
基礎データ
沿革
化学科、生物学科の一部の講座と理工学研究所(現宇宙科学研究所)の一部を改組して、1958年に生物化学科が設置された。
物理学科の各課程は1967年に分割されてそれぞれ独立した学科となったが、そのうち地球物理学科は、1991年に理学部附属地球物理研究施設と統合して地球惑星物理学科となった。
1970年に設置された理学部附属情報科学研究施設を改組して、情報科学科が1975年に設置された。
地学科は2006年度に改組され地球惑星環境学科となった。地学科には地質学・鉱物学コースと地理学コースのコース分けがあったが、地球惑星環境学科ではカリキュラムが一本化され、コースの区別はなくなった。
2007年には後述の生物情報科学学部教育プログラムを発展させて日本の大学では初めての生物情報科学科を新設し、2009年度進学者から受け入れを開始した。