東京六大学野球連盟
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東京六大学野球連盟
2017年春の閉幕式
競技大学野球
理事長金子 明雄
開始年1925年
参加チーム6
日本
前回優勝慶應義塾大学(40回目)
最多優勝法政大学早稲田大学(46回)
テレビ局スポーツブルNHK Eテレ
公式サイト東京六大学野球連盟

一般財団法人東京六大学野球連盟(とうきょうろくだいがくやきゅうれんめい、: TOKYO BIG6 BASEBALL LEAGUE)は、東京を所在地とした6校の大学硬式野球部で構成された大学野球リーグである。全日本大学野球連盟傘下。
概要[ソースを編集]神宮球場玄関前での六大学投手陣(1926年)

現存している大学野球リーグでは最も長い歴史がある。

1903年に開始された早稲田大学慶應義塾大学の対抗戦(早慶戦[1])を発祥とする。1906年、応援の過熱などから早慶戦は中断されたが、明治大学(1914年)、法政大学(1917年)、立教大学(1921年)、東京帝国大学(現在の東京大学、1925年春)が参加。1925年秋季リーグから他校の説得により早慶戦が再開され、ここに東京六大学野球連盟として正式に発足した[2]
この1925年秋季リーグ戦の開幕試合(9月20日開催)は、明治大学と立教大学の対戦(紫合戦[3])であり、東京六大学の歴史は、この一戦から幕が開かれた[4]。翌年の1926年10月には神宮球場が東京六大学野球連盟の協力の下で完成、実質的には連盟専用球場として運用されることになる。

プロ野球人気が高まりを見せるまで長く日本の野球人気の中心的存在であり、土日に神宮球場で開催されることもあって大学野球連盟の中では平均入場者数が最も多い。プロ・アマチュア球界へも多数の人材を送り出してきた。また、アマチュアのリーグでありながら、硬式野球を代表して天皇杯が下賜されている[5]
加盟大学[ソースを編集]

法政大学野球部

東京大学運動会硬式野球部

立教大学硬式野球部

早稲田大学野球部

慶應義塾体育会野球部

明治大学硬式野球部
特記:記順は1年ごとに交代する連盟当番校の順番による(いろは順で決められたもの)

各校からOB1名ずつが先輩理事として出されるほか、各校の部長・監督・主将・マネージャーらが理事として連盟の運営に当たる。他に事務局長を筆頭とする事務局員が連盟運営の実務を担当する。代表者は理事長で、いろは順による各校部長による持ち回り、1年任期である。
運営概要[ソースを編集]
登録選手[ソースを編集]

部長・監督・助監督・コーチ・マネージャー(記録員)以外に1試合にベンチ入りできる選手は25人。ベンチ入り選手は1試合毎に変更可能。監督以外の3人の指導者がベンチ入りできる。その他に、1980年から2008年まで特別要員(コーチ扱い)1名がベンチ入りできた(役割は主に一塁ないしは三塁ベースコーチであり、特別要員として登録された選手は試合に出場できなかった)。2008年春季リーグ戦より、試合開始前と試合中に各1回、監督名とベンチ入り全25選手(苗字と背番号を表示)がスコアボードに表示されるようになった。
対戦方法[ソースを編集]

1年2シーズン制(春季:4月から5月末/秋季:9月から10月末)をとっており、それぞれのシーズンで6チーム総当たりの15カードを戦う。通常、開幕試合は前シーズンの優勝チームと最下位チームが、14カード目は前シーズンの優勝チームと2位のチームがそれぞれ対戦する。最終15カード目には早慶戦が組まれる[6]

毎週末の土曜・日曜に1カードずつ開催しており、1週目から7週目は2カードずつ開催、8週目は最終早慶戦のみを開催する。リーグ優勝校の発議などで9週間の変則日程で行われることがあり、この場合、早慶戦は最終第9週に行われ、第7週、第8週も第13カード、第14カードがそれぞれ単独で開催される。
秋季大会と日本シリーズの兼ね合い[ソースを編集]

秋季大会の後半、概ね10月中‐下旬(年度により11月初旬)[7]に、日本プロ野球日本シリーズが行われており、神宮球場を専用球場とするプロ野球球団が進出する可能性がある場合には、大会日程を調整する必要がある。※日本シリーズは、1952年以後、原則として西暦の偶数年は第1・2・6・7戦、奇数年は第3・4・5戦がセ・リーグ側の主管、パ・リーグ側の主管はその逆パターンである。

1962年の日本シリーズ東映阪神」は第3・4戦は東映主管で神宮で行われたものの、第5戦は学生野球優先の当時の取り決め上、後楽園スタジアム[8]で行い、神宮球場では東京六大学秋季リーグ(以下当大会)が行われた。

1978年の日本シリーズヤクルト阪急」は、第1・2・6・7戦がヤクルト主管となっていたが、日本シリーズの会期中、当大会との日程調整の折り合いが合わず、ヤクルト主管の4試合は後楽園スタジアム[9]で開催され、神宮球場で当大会が行われた。

1992年1993年の日本シリーズ(いづれも「ヤクルト対西武」)は、当連盟・東都大学野球連盟との折り合いが付き、本来13時開始とすべき試合を12:30開始に前倒しにする形でヤクルト主管試合を神宮球場で開催できるようになり[10]、学生野球が日本シリーズ後にナイトゲームで行われた。

1995年の日本シリーズ「ヤクルト対オリックス」[11]以後は、原則として日本シリーズは全試合ナイターで開催できるようになったため、明治神宮野球大会との兼ね合いで東京ドームで代替された2021年(組み合わせ同上)を除き、ヤクルト主管試合も神宮で開催できるようになった。


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