杉内 俊哉読売ジャイアンツ 投手チーフコーチ #81
読売ジャイアンツ選手時代
(2012年3月24日 横浜スタジアム)
基本情報
国籍 日本
出身地福岡県大野城市
生年月日 (1980-10-30) 1980年10月30日(43歳)[1]
身長
体重175 cm
82 kg
選手情報
投球・打席左投左打
ポジション投手
プロ入り2001年 ドラフト3位
初出場2002年4月1日
最終出場2015年7月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
鹿児島実業高等学校
三菱重工長崎
福岡ダイエーホークス
福岡ソフトバンクホークス (2002 - 2011)
読売ジャイアンツ (2012 - 2018)
コーチ歴
読売ジャイアンツ (2019 - )
国際大会
代表チーム 日本
五輪2000年、2008年
WBC2006年、2009年、2013年
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獲得メダル
日本
ワールド・ベースボール・クラシック
金2006
金2009
杉内 俊哉(すぎうち としや、1980年10月30日 - )は、福岡県大野城市出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)、プロ野球コーチ。現在は読売ジャイアンツの投手チーフコーチを務める。 大野城市立大野小学校、大野城市立大野中学校、鹿児島実業高等学校卒業。小学4年生の時に大野城少年野球に所属し野球を始めた[2]。当時は外野手で、5年生で一塁手。6年生の時に投手に転向し、エースとして全国大会に出場(ベスト16)。小学生の時はドッジボールが得意だった[2]。中学時代は市の少年硬式野球チーム(大野城ガッツ)のエースで、チームを全国準優勝に導いた。 鹿児島実業高校に進んだことについて、杉内自身は2017年に「寮生活への強い好奇心があったから」と述べている[3]。同高校時代の同級生に椎原拓也。在学中2度甲子園に出場。 高校3年生次の1998年、全国高等学校野球選手権鹿児島大会決勝では、川内高校の木佐貫洋との投げ合いに勝利し、甲子園出場を決めた。県大会では47回2/3で64三振を奪い、「南国のドクターK」と称された[4]。第80回全国高等学校野球選手権大会の1回戦で八戸工大一(青森県)相手にノーヒットノーランを達成[5]。 同2回戦で松坂大輔らを擁する横浜(東神奈川)と対戦。7回まで1失点と好投するも、8回に松坂に本塁打を喫するなど計6失点で敗退。この頃松坂の投球について「高校生が投げる球じゃない」と衝撃を受けていたという[6]。大会後に第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表に選出され優勝に貢献した。
経歴
プロ入り前