札幌東宝プラザ
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愛知県のパチンコチェーン「東宝プラザ」とは異なります。

札幌東宝プラザ
SAPPORO TOHO PLAZA
札幌プラザ2・5(2020年1月)
情報
通称プラザ
正式名称札幌プラザ2・5
旧名称三友館、日活館、札幌東宝プラザ
完成1981年
開館1981年3月13日
開館公演ヤングマスター 師弟出馬/フーリング(プラザ)
月光仮面おじゃまんが山田くん(プラザ2)[1]
閉館2011年8月31日
最終公演コクリコ坂からカーズ2(東宝プラザ)
網走番外地 大雪原の対決(プラザ2)
収容人員(2館合計)549人
客席数東宝プラザ:376席
プラザ2:173席
設備6.1chサラウンドEXDTSドルビー3D(東宝プラザ)
ドルビーデジタル5.1ch、DTS(プラザ2)
用途映画上映
運営株式会社谷井
所在地060-0062
札幌市中央区南2条西5丁目18番地 狸小路商店街5丁目 2Fサツゲキフロア奥
(狸小路5丁目)
最寄駅札幌市電狸小路停留場
外部リンク ⇒札幌プラザ2・5
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札幌東宝プラザ(さっぽろとうほうぷらざ)は、北海道札幌市中央区に所在していた映画館である。

1925年大正14年)に『三友館』として設立。その後『日活館』を経て1975年昭和50年)に現館名に改称。東宝系列の洋画ロードショー館として数々のヒット作や大作を輩出してきた。2011年平成23年)で映画館としての営業を終え、その後は貸ホール(2階、映画館)と貸ライブハウス(地下1階、旧BFHホール)の『札幌プラザ2・5』となり、さらに2020年令和2年)7月22日からはディノスシネマの映画館『サツゲキ』に生まれ変わった[2]

ここでは、同館が最末期に行っていた映画イベント『ママズシネマクラブ』及び、同館1階にある商業施設『道産食彩HUG』(どうさんしょくさいハグ)についても記述する。
沿革

1925年(大正14年):前身となる『三友館』が開業。

1938年(昭和13年):『日活館』に改称。

1975年(昭和50年):『東宝プラザ』に改称。東宝洋画系のロードショー館となる。

1981年(昭和56年)3月13日
[1]:改築により『東宝プラザ』『プラザ2』の2スクリーン体制となる。

2006年(平成18年)9月:第1回札幌国際短編映画祭が開催される。

2008年(平成20年)12月20日:1階に『道産食彩HUG』がオープン。

2010年(平成22年)4月:ドルビー3Dシステムを導入。

2011年(平成23年)8月31日:『東宝プラザ』としての営業を終了。同年9月1日より貸ホール『札幌プラザ2・5』となる。

2014年(平成26年)7月28日:地下のプラザ2跡地にライブハウス『メッセホール』が移転再開業。

2017年(平成29年)1月1日:メッセホールが『BFHホール』に改称。

2019年(平成31年)4月1日:BFHホールが『札幌プラザ2・5』に名称が戻る。

2020年(令和2年)

2月末:『札幌プラザ2・5』としての劇場営業を終了[3]

3月7日:1階にてゲームセンター『ディノスパーク札幌狸小路』の営業を開始[4]

7月22日:札幌プラザ2・5の全スクリーン跡に4スクリーンのシネコン『サツゲキ』が入居し、グランドオープン[2]


2022年(令和4年)9月19日:ディノスパーク札幌狸小路の営業を終了。

2023年(令和5年)7月6日:ディノスパーク跡地にツルハドラッグ狸小路5丁目店がオープン[5]

データ

所在地:北海道札幌市中央区南2条西5丁目18番地(
狸小路5丁目

運営:株式会社谷井

代表:谷井平蔵(初代)[6]、谷井新蔵(2代目)[6]、谷井敬四郎(閉館時点[7]

支配人:牧浦弘英(閉館時点)[8]

フロア構成階2023年7月時点2020年7月時点2019年5月時点2017年5月時点2016年5月時点2011年8月時点備考
3階サツゲキ2(28席)
サツゲキ3(48席)[9]映写室映写室映写室東宝プラザの映写室
2階サツゲキ1(200席)[注 1]札幌プラザ2・5札幌プラザ2・5札幌プラザ2・5東宝プラザ東宝プラザ座席数
508席
(1981年 - 2003年11月)

376席
(2003年12月 - 、椅子の色は赤)
1階ツルハドラッグ狸小路5丁目店
HUGイート/狸小路横丁HUGイート/狸小路横丁、ディノスパーク
札幌狸小路、エクスチェンジャーズ札幌狸小路店エクスチェンジャーズ札幌狸小路店、
道産食彩HUGエクスチェンジャーズ札幌狸小路店、
道産食彩HUG道産食彩HUGチケット売り場
道産食彩HUG
地下1階サツゲキ4(170席)[9]札幌プラザ2・5
ライブハウス
2019年4月1日にBFHホールから改称)BFHホール
ライブハウス
2017年1月1日にメッセホールから改称)メッセホール
ライブハウス、2014年7月に移転)プラザ2プラザ2座席数
240席(1981年 - 2003年11月)

173席
(2003年12月 - 、椅子の色は青)

150席
(2017年1月 - 、椅子の色は青)

概要
三友館?日活館『乳房よ永遠なれ』の月丘夢路(写真右)と葉山良二

狸小路明治時代から町屋飲食店、勧工場、演芸場などが並ぶ商店街として進化を遂げ、1892年(明治25年)に設立した寄席「札幌亭」をルーツとする帝国座(1丁目)や、1910年(明治43年)に演芸場として設立し、その後松竹の封切館となった遊楽館(3丁目)も狸小路にあった。

1925年大正14年)、先述の「遊楽館」を経営していた九島興行により、パラマウント映画を中心とする洋画封切館『三友館』として狸小路5丁目に設立された。初代の支配人は谷井平蔵で、運営会社の名称はその名字に由来している[6]

1936年(昭和11年)には道内初のトーキー上映を開始。1938年(昭和13年)、日活に経営が譲られ、日活館となったが、1940年(昭和15年)に九島興行より独立。1955年(昭和30年)からは邦画各社の準封切館となる。この年には帯広市出身の歌人・中城ふみ子の生涯を映画化した日活作品『乳房よ永遠なれ』(田中絹代監督)がヒットしている[6]1960年(昭和35年)[注 2]、谷井新蔵が2代目の館主となる[6]
東宝プラザ

やがて映画の斜陽化が進み、1975年(昭和50年)、東宝洋画系ロードショー館に一本化され、館名を東宝プラザと改称[6]1981年(昭和56年)3月13日に現在の建物に改築され[注 3]、2階=東宝プラザ、地下1階=プラザ2の2館体制へと移行。ジャッキー・チェン主演の『ヤングマスター 師弟出馬』がこけら落としとなった[1]


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