本貫(ほんがん、ほんかん)は、古代東アジアにおいて戸籍の編成(貫籍)が、それにもとづき行われた土地をいう。転じて、氏族集団の発祥の地を指すようになった。
日本には律令制下の戸籍制度とともにこの概念が導入された。中世以降、武家の名字(苗字)の由来となった土地(名字の地, 一所懸命の土地)を「本貫」、「本貫地」(ほんがんち)と呼ぶようになった。
中国(簡体字:籍?、繁体字:籍貫(?音:ji guan))・朝鮮半島(朝鮮語: ??(ポングワン))では、本貫は、個人の戸籍の所在地の意味を離れ、氏族集団(宗族)の始祖の発祥地として使用された。とくに大韓民国では現在も家族制度上大きな意味を持つ。 日本では大宝律令制定とともに本貫制が導入された。人々は本貫地の戸籍・計帳に載せられて勝手に本貫地を離れることは浮浪として禁じられていた。逃走の戸は3年、戸口は6年が経過すると戸籍・計帳から除かれて絶貫(本貫を持たない者)となった。その後、逃走者が発見された場合には逃亡先の戸籍に編入させられる「当所編附」、あるいは元の本貫地への強制送還させられる「本貫還附」の措置が取られた(ただし、陸奥国・出羽国の本貫者については「本貫還附」が決められていた)。また、養老4年(720年)以後は逃走者の自主的帰還(「走還」)をうながすために走還した者の課役
日本の本貫
律令制での本貫
平安時代末期以降、源・平・藤・橘などの同姓同士が繁栄したため、鎌倉時代以降互いを区別する場合に姓ではなく、次第に各々が「一所懸命」に守る所領地の地名(名)を仮名(名字・苗字)とするようになり、名字を冠することは、所領の相続権を意味するようになった。これにともない名字の発祥地である「一所懸命」の地は「本貫」、「本貫の地」と呼ばれ、本貫地に祀られている神が「産土神(うぶすながみ)」と呼ばれたため、本貫と書いて(うぶすな)と訓み、次第に「氏神(うじがみ)」と同意語となり、混合されて神聖視されるようになった。 括弧内に掲出したものは何世紀もの統廃合を経た現在の遺称地であり、当時示した範囲と完全に一致することは稀である。
主な本貫地一覧
陸奥国
安達氏:陸奥国安達郡(福島県安達郡)
猪苗代氏:陸奥国耶麻郡猪苗代(福島県耶麻郡猪苗代町)
伊達氏:陸奥国伊達郡(福島県伊達市)
鹿折氏:陸奥国本吉郡鹿折(宮城県気仙沼市鹿折地区)
鱒淵氏
出羽国
長井氏:出羽国置賜郡長井荘(山形県長井市)
最上氏:出羽国最上郡(山形県最上郡)
上野国
新田氏:上野国新田郡新田荘(群馬県太田市新田)(源義国の長男、新田義重を始祖とする)
岩松氏:上野国新田郡岩松郷(群馬県太田市岩松町)
得川氏/徳川氏:上野国新田郡得川郷(群馬県太田市徳川町)(新田義重の四男、得川義季を始祖とする)
田中氏:上野国新田郡田中郷(群馬県太田市新田上田中町・下田中町)(里見義俊の二男、田中義清を始祖とする)
大舘氏:上野国新田郡大舘郷(群馬県太田市大館町)
山名氏:上野国多胡郡山名郷(群馬県高崎市山名町)(新田義重の庶子、山名義範を始祖とする)
大胡氏:上野国勢多郡大胡郷(群馬県前橋市大胡町)
磯部氏:上野国碓氷郡磯部(群馬県安中市磯部)
小幡氏:上野国甘楽郡小幡(群馬県甘楽郡甘楽町小幡)
里見氏:上野国碓氷郡(八幡荘)里見郷(群馬県高崎市上里見町・中里見町・下里見町)
下野国
足利氏:下野国足利郡足利荘(栃木県足利市)(源義国の二男、足利義康を始祖とする)