本町橋
基本情報
国 日本
所在地大阪市中央区(本町橋-本町)
交差物件東横堀川
路線名本町通
建設1913年(大正2年)
座標北緯34度41分0.6秒 東経135度30分35.37秒 / 北緯34.683500度 東経135.5098250度 / 34.683500; 135.5098250
構造諸元
形式2ヒンジアーチ橋
全長46.5m
幅21.6m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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本町橋(ほんまちばし)は、大阪府大阪市中央区の東横堀川に架かる本町通の橋。または、同橋東詰付近の町名。
現在の橋は1913年(大正2年)に架け替えられたもので、大阪市内では現役最古の橋となっている。『浪速の名橋50選』に選定されている。 最初の橋は、豊臣秀吉が大坂城を築城し、東横堀川を開削したときまで遡る。年代は特定されていないが、天正13年(1585年)に東横堀川が開削されてからあまり経っていなかったと考えられている。 大坂の陣(とくに冬の陣)の時は、戦略上の重要地点であったとされ、橋周辺で蜂須賀隊と塙直之が激突している。 江戸時代になると、公儀橋として幕府による直接管理・維持がなされた。東詰に油問屋が集まり、、西詰に木綿問屋・呉服・古着屋が軒を連ね、大坂で最も賑わう地域とされた。享保9年(1724年)の「妙知焼け」とよばれる大火で本町橋をはじめ、いくつもの橋が焼失している。大火後、橋の北東側に西町奉行所が移転してきた。 江戸時代のころの東横堀川の幅は現在よりも広く、本町橋も橋長が47.8mあったという。幅員は最初7.8mで、江戸時代後期には5.9mと幾分狭くなった。 明治維新後、年代は特定されていないが、明治14年(1881年)までに鉄柱を持つ木橋に架け替えられた。当時は鉄橋はおろか、鉄柱木橋も貴重な存在であった。 20世紀以降の大阪市電の敷設、都市計画事業による道路拡張にあわせて本町橋も大正2年(1913年)に鉄橋に架け替えられた。三径間の2ヒンジアーチ橋で、下部は広くし、橋脚には石柱を模した飾りが付き、その上部はバルコニーとなっている。この橋は昭和57年(1982年)に大がかりな補修がされたが現役である。 本町橋 2015年10月1日現在の人口は1,048人、世帯数は694世帯[1]。郵便番号は〒540-0029。 1989年(平成元年)に誕生した町名で、以前の内本町橋詰町と豊後町南部にあたる。
目次
1 歴史
1.1 大正以前
1.2 現在の橋
2 町名
2.1 地理
2.2 歴史
2.3 施設
3 交通
3.1 鉄道
3.2 道路
4 脚注
5 外部リンク
歴史
大正以前
現在の橋
橋長:46.5m
幅員:21.6m
形式:鋼アーチ(三径間2ヒンジアーチ)
完成:1913年(大正2年)
町名
町丁
マイドームおおさか
国 日本
都道府県大阪府
市町村大阪市
区中央区
人口(2015年(平成27年)10月1日現在)
? 合計1,048人
等時帯UTC+9 (JST)
郵便番号540-0029
地理
歴史
施設
マイドームおおさか
シティプラザ大阪
大阪産業創造館
東横堀公園
大阪府警察東警察署
大阪東郵便局
交通
鉄道
大阪市高速電気軌道堺筋線・中央線 堺筋本町駅
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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