末次精一
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日本政治家末次 精一すえつぐ せいいち
2023年10月撮影
生年月日 (1962-12-02) 1962年12月2日(61歳)
出生地 長崎県佐世保市
出身校京都大学工学部
前職川崎製鉄社員
小沢一郎衆議院議員秘書
所属政党(自由党→)
無所属→)
国民の生活が第一→)
日本未来の党→)
(生活の党→)
(生活の党と山本太郎となかまたち→)
自由党→)
希望の党→)
(自由党→)
旧国民民主党→)
立憲民主党小沢G
公式サイト立憲民主党の末次精一 長崎県の熱血政治家 衆議院長崎4区
衆議院議員
選挙区比例九州ブロック長崎4区
当選回数1回
在任期間2021年11月5日[1] - 2023年10月10日
長崎県議会議員
選挙区佐世保市北松浦郡選挙区
当選回数2回
在任期間2007年 - 2012年
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末次 精一(すえつぐ せいいち、1962年(昭和37年)12月2日 - )は、日本政治家

衆議院議員(1期)。元長崎県議会議員(2期)。
来歴

長崎県佐世保市出身。藤原幼稚園卒園後、佐世保市立福石小学校入学。佐世保市立八幡小学校、佐世保市立清水中学校青雲高等学校を経て、京都大学工学部卒。川崎製鉄(現:JFEスチール)に入社し、途中、アメリカ合衆国オハイオ州のアームコ社へ出向。当時バブル景気に乗り日本企業が米国内の不動産などを派手に買い占める様が反感を買っており、アメリカの友人に「日本人はずるい国民だ」と言われたことが転機となり、政治に関心を持つ。岡山県勤務の時、田中角栄元首相の秘書だった早坂茂三に「政治家になりたい」と手紙を送ったのがきっかけで早坂の紹介で1995年小沢一郎衆議院議員の秘書となる[2][3]

2000年第42回衆議院議員総選挙では東京7区から自由党公認で立候補するが、民主党長妻昭自由民主党粕谷茂らの争いに埋没し、落選[4]。その後帰郷し2003年長崎県議会議員選挙に無所属で立候補するが、落選。2007年の県議選で初当選し、2期務める。

2012年11月19日、小沢が率いる国民の生活が第一が次期衆院選長崎4区に末次を擁立すると発表[5]。翌12月の第46回衆議院議員総選挙では生活の合流先である日本未来の党から立候補するも、自由民主党の北村誠吾や民主党の宮島大典らの争いに埋没し落選。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では生活の党から立候補するも落選し、供託金も没収された。2016年7月の第24回参議院議員通常選挙では参議院比例区から立候補し、落選[6]

2017年1月、所属する自由党(生活の党から党名変更)が民進党と候補者の棲み分けで合意したことを受け、4区を宮島大典に譲り、末次は長崎3区に国替えした[7]。同年10月の第48回衆議院議員総選挙では希望の党に合流し立候補するが、谷川弥一に敗れ落選。その後は自由党に復党後、2019年5月21日付で旧国民民主党に入党[8]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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