フードファイター、YouTuberの「木下ゆうか」あるいは漫画家の「木下ほのか」とは別人です。
きのした ほうか
木下 ほうか
本名木下 鳳華
(読み同じ)
別名義イヤミ課長
生年月日 (1964-01-24) 1964年1月24日(60歳)
出身地 日本・大阪府大東市
身長173 cm
血液型O型
職業俳優、元タレント
ジャンル映画、テレビドラマ
活動期間1980年代 -
主な作品
映画・Vシネマ
『ガキ帝国』
『岸和田少年愚連隊』
『SWinG maN』
『SHINOBI-HEART UNDER BLADE-』
『寝ずの番』
『次郎長三国志』
『恋と嘘』
『空飛ぶタイヤ』
『事故物件 恐い間取り』 テレビドラマ
『京都殺人案内』
『仮面ライダーキバ』
『昼顔?平日午後3時の恋人たち?』
『下町ロケット』
『チア☆ダン』
『なつぞら』
『アライブ がん専門医のカルテ』 バラエティ
『痛快TV スカッとジャパン』 ラジオ
『ほうか道R
受賞
TAMA映画祭
最優秀作品賞
2011年『一枚のハガキ』
2013年『さよなら渓谷』
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木下 ほうか(きのした ほうか、1964年(昭和39年)1月24日 - )は、日本の俳優、元タレント、元映画監督。本名は木下 鳳華(読み同じ)[1]。かつては吉本新喜劇座員を経て、マツ・カンパニーやキャストパワー、カクタスに在籍していた。独身。 父は一級建築士。高校時代は剃り込みを入れたいわゆるヤンキーファッションであったが、不良であったというよりは当時の流行のファッションに倣っていただけだという。 1980年(昭和55年)、16歳のときに井筒和幸監督の映画『ガキ帝国』のオーディションの新聞広告を見て応募し、合格。同作品で俳優デビューする。その後大阪芸術大学を卒業、吉本興業大阪本社に入社し、吉本新喜劇の団員となった。しかし新喜劇では目立つ存在になれず、1980年代の新喜劇低迷期と重なったこともあって3年で退団した。この時期の座員(浅香あき恵・未知やすえ等)とは現在も交流があり、来阪時の飲み仲間となっている[2]。吉本新喜劇出演当時、先輩役者から「目立つな」と言われ、池乃めだかから「客が笑い、うけ続ければやがて怒られなくなり、上に上がれる」と励まされていた。 1989年(昭和64/平成元年)、吉本の先輩である島田紳助から「ほうか、役者をやりたいんやったら、やっぱ東京行かなあかんやろ?」との助言を受け、井筒を頼って上京した。東京での下積み時代には島田に頻繁に手料理を振る舞ってもらっていたという[3]。 当初はVシネマを中心に活動していたが、業界関係者やプロデューサーなどの飲み会に積極的に参加し、名刺を配るなどして人脈を広げた。また、男ウケしそうな後輩の女優を同伴することで関係者の信頼を徐々に獲得していった[4]。2014年放送のドラマ『昼顔?平日午後3時の恋人たち?』は、配布した名刺がきっかけで出演することとなったという。そして同年放送開始の『痛快TV スカッとジャパン』で演じた「イヤミ課長」がブレイク。決めゼリフの「はい論破!」は2015年の新語・流行語大賞の候補50語にノミネートされた。 後述の不祥事を受け、2022年3月28日に当時所属していたカクタスからマネジメント契約を解消され、芸能活動の無期限休止を発表していた[5]。同年12月24日、自身のYouTubeチャンネルに自身が出演するショートドラマ動画を投稿し、芸能活動を再開した[6]。
来歴