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替え歌(かえうた)は、パロディの一形態。このことから異名同曲異歌詞曲(いめいどうきょくいかしきょく)とも呼ばれる。
メロディやリズムを可能な限り変えないようにしながら、本来その歌に付けられた以外の歌詞を作詞して歌うこと、またはそれによって歌われる歌のことである。「替え唄」とも表記される(主に嘉門達夫が使用)。
なお、元がインストルメンタル(歌詞がない、楽曲のみの作品)の場合は「単なる作詞」となるか、「替え歌」となるか議論が分かれる。 本作のここで紹介する歌詞の一部は著作権の保護期間中のため、日本国著作権法第32条および米国著作権法第107条によりフェアユースと認められる形式の引用を除き、ウィキペディアへの掲載は著作権侵害となります。また、演奏などの著作隣接権についても注意ください。 古く著作権の意識がなかった頃には、替え歌は当たり前のものであり、むしろ民謡は個々人が変えて歌うのが当たり前であった面もある。現在でもたとえば八重山民謡のトバラーマ大会では出場者はそれぞれ自前の歌詞を歌う。 軍歌「小楠公」が歌詞を置き換えて寮歌や労働歌になったのもこの感覚が残っていた時代のことで、作詞者が陸軍や労働組合に抗議したという話は残っていない。また、この頃の歌には七五調四連のいわゆる今様の形式に則った定型詩を歌詞とする例が多かったのも、替え歌を容易くしていた。 現在では替え歌のほとんどは、遊び感覚で作る物である。替え歌その物を趣味として作る場合もある。大人がパーティーの余興に作ったり、子供の遊びの一部として作られる物など様々である。元になる曲はアニメソングや童謡・唱歌、あるいはその時期の流行曲など、知名度が高い曲が多い。 内容は大人の場合は、時事ネタや内輪ウケが多い。子供の場合は下ネタや残虐なもの、身分による差別、身体上の欠点をネタにするものが多い。また単語の音を生かして、別の言葉に置き換えたり、語尾を否定語にするといった、単純なものもある。これらのネタは、大人の間では幼稚なものとみなされやすい。 一例として、以下のようなものがある[2]。 内容を変えずに、日本語の方言で歌い変えるタイプの替え歌もある。たとえば「リンゴの唄」の冒頭を「あけえ りんごに くちべた ひっつけて」という風である。これは観光旅行のバスガイドが芸として披露する場合がある。「DA.YO.NE」には「SO.YA.NA」(大阪弁)を始め、多数のローカル版が作られた。 無理矢理英語にしてしまう、というのもある。たとえば「めんこい子馬」の卑猥な替え歌の歌詞「夕べ父ちゃんと寝たときにゃ」を「Last night sleeping with my Papa」とやる。あるいは森昌子の「せんせい」の最後の部分を Teacher, Teacher, It's Teacher!! とやるなど。 本格的に卑猥な歌は大人だけに見られるもので、卑猥なネタを扱った猥歌は往々にして替え歌として作られる。一般に猥褻な作品を好んで作り、発表することは品がないことだと認識されている。
替え歌が作られる経緯
歌詞全文はTemplate:歌ネットやTemplate:Genius songを使用した外部リンクにより合法的な参照が可能です。
軍歌「小楠公」のメロディを流用した歌は、例えば以下のようなものがある[1]。
「アムール川の流血や」(塩田環 作詞 明治34年頃)アムール川の流血や、氷りて恨み結びけん…
「歩兵の本領」(加藤明勝 作詞):万朶(ばんだ)の桜か襟の色、花は吉野に嵐吹く…
「ホーヘルリンデン夜襲」(山蔭樵夫 作詞):日は早や西の入相(いりあい)の…
「征露の歌」(青木得三 作詞):ウラルの彼方風荒れて…
「メーデー歌」:聞け万国の労働者…
遊び歌
童謡「お正月」の替え歌で、餅を食べ、おなかを壊して(「喉に詰まらして」とも)死んでしまい、霊柩車が来るという歌詞のもの
童謡「うれしいひな祭り」の替え歌で、明かりも消えてしまい、花も枯れ、五人囃子も死んでしまうという歌詞のもの
歌謡曲「瀬戸の花嫁」の替え歌で、歌詞の語尾をワンタン・天丼・みそラーメン・エビフライなどに置き換えるもの
歌謡曲「ブルー・シャトウ」の替え歌で、歌詞の語尾をとんかつ・にんにく・こんにゃく・天ぷらに置き換えるもの
聖歌「リパブリック讃歌」の替え歌で、「学科嫌い」・「薔薇の唄」・「お玉じゃくしは蛙の子」・「権兵衛さんの赤ちゃん」・「ともだち讃歌」など アメリカ・北アイルランド・イングランド・ロシアなどでも、様々な内容の替え歌が作られている
猥歌
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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