書物の保存と修復
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修理途上の本。ページが修復され、この後再製本されて修理が完了する。

書物の保存と修復(しょもつのほぞんとしゅうふく)とは、資料の保存と利用の観点から、図書館資料をはじめとするの保全を図る取り組みである。
基本的な考え方

図書館における「利用のための資料保存」は、資料的価値・保存年限、利用頻度、資料の状態に応じて予防、点検、代替、修理、廃棄の5つの方策から組み合わせて選択される[1]

本は、保管状況や取扱い方法などの外部要因、酸性紙や製本方法など内部要因により、物理的な劣化や損傷を避けることはできない[2]。本は、利用すればそれだけ傷みやすくなり、時として「利用」と「保存」は対立する考え方ともとらえられてきた。日本図書館協会が1963年に刊行した『中小都市における公共図書館の運営』、1970年刊行の『市民の図書館』では「従来の保存中心主義が図書館の発展を阻害してきた」と批判した。しかし、資料の「利用」は収集と保存が行われてこそ成り立ち、「保存」は利用のために行われることといえる[3]

国際図書館連盟は、修復の基本として「原形を尊重する」「可逆性」「安全な材料」「記録をとる」の4点を挙げている[4]。ここでいう可逆性とは、修理した個所を修理以前の状態に戻すことである。以前に行った修理を剥がすことができないと、後年に別の修理が必要な個所が生じた際に困難をきたす[5]。図書補修用として市販されている粘着テープは20?30年程度までは劣化に耐えうるが、それ以上の長期間にわたり保管する資料には紙や布などの材料と糊での補修が基本となる[6]。しかし、過度に可逆性を追求しすぎると補修の難易度が非常に高くなるため、資料の希少性や保管期間などに応じて柔軟に検討されるべきである[注釈 1]。修理を行う際には、「強固にするのではなく柔らかく仕上げる」ことが大切である。本全体のバランスが崩れ、修理した箇所だけが頑丈になり他の部分が壊れやすくなることを防ぐための原則である[7][注釈 2]

破損した本は、補修することが必ずしも最善ではない。頻繁に利用される本や、放置すると劣化や損傷が進行する場合には適切な補修が必要となるが、「利用に耐えうる最小限の修理」とすべきである。利用頻度が数年に一度程度の学術書などでは、表紙やページが外れた本であっても修理を行わず、散逸しないよう箱などに収納し、貸し出しの際には利用者に一言申し添えることで済む[8]

欧米の図書館の多くは修復室を備え、専門職員が貴重書などの修復にあたる[9]。日本では、館内に資料保存や補修専門の部署を置いているのは国立国会図書館東京都立中央図書館などごく一部の大規模図書館にとどまる。多くの一般図書館では、限られた予算の中で補修専門の職員を置くことは困難であり、図書館員が時間をやりくりしているケースや[10]横浜市中央図書館をはじめ、講習を受けた図書館ボランティアが補修作業を担っている場合もある[11]。アメリカの大学院の図書館情報学科では図書補修の講義があり、関連する文献も豊富であるが、日本ではこれまで図書の補修に関する教育は必ずしも十分に行われてこなかった[12]
修理以外の方策

修理のために糊を使ったり紙を貼ったりすることは、本に対して負荷のかかる行為である。できる限り修理を行わずに済むよう、まずは「予防」が重要となる。書架に隙間なく図書を排架[注釈 3]すると、出し入れの際に表紙が擦れたり背表紙に力が加わったりと傷みの原因になるため、2?3冊分程度の余裕を持たせる必要がある。隙間の大きい書架では斜め置きが本の変形の原因になるため、適宜ブックエンドを使用し、垂直になるように揃える。重量のある大型資料は、本自体の重量により「のど[注釈 4]」に傷みが生じるため横置きを原則とする。和装本も同様である[14]。企画展示を行う場合には、変色や変形が起こらないような照明・温度・湿度の配慮や支持台の工夫が必要となる。酸性化で劣化した本

洋紙の製紙工程で使用される硫酸アルミニウムに起因する酸性紙問題は、ウィリアム・バロー(英語版)が1959年に著した『蔵書の劣化?原因と対処』により知られるようになり[15]、日本では1980年代ごろから図書の短命化の問題として顕在化した[16]。インクの滲みを抑えるサイズ剤として添加されるロジンを紙に定着する目的で使われた硫酸アルミニウムは、加水分解して硫酸を生じ、セルロースを劣化させ紙が脆くなる[17]。酸性化の進行を食い止める大量脱酸性化処理(英語版)は、日本国内ではアメリカのプリザベーション・テクノロジーズ社が開発し、処理剤に酸化マグネシウムを使用したブックキーパー法、日本国内で開発されアンモニア酸化エチレンを処理剤として用いるDAE法(乾式アンモニア・酸化エチレン法)が実用化されている[16]。より安価な対策として中性?弱アルカリ性の容器に収納する方法があり、酸性化だけでなく湿気や光、塵などから保護できる効果もある[18][19]

蔵書点検や、貸し出した資料が返却された際などに、光による退色で内容を読み取れなくなるおそれが生じた青焼の資料や、酸性紙の劣化が進んだ本、カビの発生がみられる図書などを見つけ出し、早期に対処することも重要である[20]

図書館資料は、博物館美術館の収蔵品と異なり、市販の図書や行政文書など再入手が可能な場合がある。マイクロフィルムに収録する方法では、適切な保管により100年以上の保存が可能である。デジタル化して、ハードディスク光ディスクなどに保存する方法も採られ、資料へのアクセスや検索のしやすさから利用の点では有用であるが、媒体の劣化やクラッシュ、ソフトウェア・ハードウェアの陳腐化(英語版)により、数十年?百年以上の長期にわたる保存や読み取りに耐えうるかは疑問が残る。複写機コピーをとり紙媒体で複製を作る複写製本は、中性紙を使うことにより長期保存が可能で、特別な装置を使用せずに閲覧できる利点がある[21]

図書館で収集した資料のすべてを保存し続けることは現実的ではない。他館で同一の資料を所蔵しているか、過去の参考書やガイドブックなど陳腐化した資料ではないか、郷土資料など再入手が困難で長期にわたり保存する必要があるかどうかなどを検討し、適切な除籍を行うことも必要となる。万一図書館が大規模災害で被災した際に、救出すべき資料と廃棄しても良いものを選別する「本のトリアージ」の考え方にもつながる[22]
修理の技術と用具

ページの破れ、表紙背表紙の外れ、無線綴じ本やハードカバーのページの外れ、水濡れや書き込みなど、損傷の状態はさまざまで、傷み方や本の種類、保存期間などにより適した用具と修理方法が用いられる。
ページの破れ糊が乾燥するまで均一に押さえるための締め機

破れたページの補修には専用の粘着テープが数種類市販されており、図書館用品取扱業者や製本用品店から入手可能である。変色しにくい接着剤と、和紙やポリエステルなどの基材でできており、雑誌や一般的な本に用いられる[23]。アメリカでは、低温アイロンで加熱することにより接着する熱反応紙も広く使われている。和紙と和糊による補修よりも強度は弱いものの取扱いが容易で、エタノールで剥がせる可逆性を持つ[24]セロハンテープは接着剤により紙が変色し、やがて基材が劣化して接着力を失う。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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