春日老女子(かすが の おみなご、生没年不詳)は、古墳時代の女性。春日臣出身の敏達天皇の夫人(ぶにん)。春日仲君(かすがのなかつきみ)の娘。老女子夫人(おみなごのおおとじ)とも呼ばれ、別名を薬君娘(くすりこのいらつめ)といい[1]、『古事記』では老女子郎女(おみなごのいらつめ)と表記されている[2]。 敏達天皇の妃となり、難波皇子・春日皇子・桑田皇女・大派皇子を生んだ[1]。多産ではあったが、中央政界で活躍した皇子を輩出していない。ただし、難波皇子の子孫に橘諸兄がおり、橘氏一族に嵯峨天皇の皇后となった橘嘉智子がいるので、現代の皇室にその血脈は受け継がれている。
概要
系譜
父:春日仲君
母:不明
夫:敏達天皇 敏達天皇14年(585年?)崩御
難波皇子(なにわのみこ) 橘朝臣・路真人・甘南備真人
27 安閑天皇 28 宣化天皇 29 欽明天皇
石姫皇女
(欽明天皇后) 上殖葉皇子