春の庭
著者柴崎友香
発行日2014年7月28日
発行元文藝春秋
ジャンル中編小説
国 日本
言語日本語
ページ数141
コードISBN 978-4163901015
ISBN 978-4167908270(文庫判)
ウィキポータル 文学
『春の庭』(はるのにわ)は、柴崎友香の小説。2014年6月号の『文學界』に発表され、第151回芥川賞を受賞した。 〈わたし〉の弟の太郎は、自分のアパートで、不審な女を発見する。「辰の部屋」(このアパートは各室に干支が部屋番号の代わりにふられている)に住む「西」という苗字の女流漫画家だ。西は、高校3年のときに見た写真集『春の庭』に未だ魅せられ続けていた。写真集に写っている美しい水色の洋館風建物が目的で、西はその建物の隣にあるビューパレスサエキIIIに引っ越してきたらしい。その建物は、もとはCMディレクターの牛島タローと劇団女優の馬村かいこが住んでいたので、写真撮影に使われたのだ。そして、西はその水色の建物に住む森尾一家と近づきになることに成功し、家のあちこちを確認する。しかし、彼女が特に憧れた黄緑のタイルの貼られた風呂場に入る口実がみつからない。そこで西は、同じアパートの太郎をまきこみ、ホームパーティーの時に事故を装って風呂場を使用できる状況をつくろうとする。そして、思いがけない展開により、風呂場に入ることに成功する。その後、その一家は引っ越すことになり、家はふたたび空き家になる。面倒を嫌がる性格だった太郎は、写真集のあの庭に不法侵入し、父の遺骨を砕いた乳棒とすり鉢をそこに埋める。 「太郎」という人物名は漱石の『彼岸過迄』からの登場人物名「敬太郎」の一部から取ったと著者が言っている[1]。また、「西」という人物名は、柴崎や「太郎」同様、西から来た人物だということを表していると、芥川賞授賞式で語った[2]。 作中に登場する写真集『春の庭』は、荒木経惟と藤代冥砂の写真集がモデルになっているという[3]。 授賞式で作者・柴崎は、ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩の一節を引用して、謎に満ちた現実への探求の意気込みを語った[2]。 (『文藝春秋』2014年9月号に載った各選評から)
あらすじ
登場人物
太郎 - 元美容師、離婚歴あり。
西 - 太郎と同じアパートの「辰」の部屋の住人。漫画家。太郎の姉と同い年の女性。
「巳さん」 - 太郎と同じアパートの「巳」の部屋の住人。太郎の父と同い年の女性。
沼津 - 太郎の同僚。結婚して北海道に移住する。
森尾実和子 - 水色の屋根の部屋の現在の住人。北海道出身。夫と5歳の長男、3歳の長女と暮らしている。
わたし - 太郎の姉。名古屋市で専門学校講師を務める。
エピソード
芥川賞受賞に際して
評価
芥川賞・選評
山田詠美は、場面転換に数行を空ける書き方はよほど上手くないと失敗するが、本作では、著者の「目の良さ」によって成功していると評した。
村上龍は、アパートを俯瞰で見た形が鍵括弧の形であることを記号"「"で表した件を、「この書き出しのせいで感情移入が阻まれた。作家は描写が唯一の武器なのに、何故そんなことをするのか分からない」と批判した。
川上弘美は本作を推し、「難しさ」を指摘した。
小川洋子は、作者が書くべきものを強く握り締めているがその痛みを見せないことを評価した。
奥泉光は、狙いは分かるがその狙いが成功していないと評し、他作品を推した。
宮本輝は、以前から一貫して追求していたものを、視角を変えて表現したことによって、比喩を真実に届かせることができたと評した。
堀江敏幸は、最後に「わたし」という視点が出てくるところが不気味だと評した。
島田雅彦は、多焦点的で伏線らしきものが放置されることもあるが、現実はそのようなものであり、そういう現実の前で謙虚な作者は稀有な存在だと評した。
高樹のぶ子は、伝聞のなかで視点が動いていく表現に注目した。
その他の評価
比較文学者の小谷野敦は、ハンス・ロベルト・ヤウスの『挑発としての文学史』から「期待の地平」概念を引き合いに出して、本作が「期待の地平を裏切ることによって成り立っている」とした[4]。
文芸評論家の田中弥生は、この作品の「悲劇を抑制する力」を評価した[5]
エッセイストの平松洋子は、「停止していた過去が現在に流動する瞬間」を描けていると評価した[6]。
お茶の水女子大学准教授の谷口幸代は、太郎を初めとした人物たちの穴掘り行為が作中に反復されることに注目して、何かを埋めるという行為が土地と人間の関係を何らかの形で表すものだと述べた[2]。
松田青子は、この小説が「人のうちの風呂場を見ること」という山場らしくない山場を持つ小説であることに注目した[7]。
語り手「わたし」についての議論
終盤に太郎の姉が「わたし」という語り手として出てくることに関して、大森望や豊崎由美は、最初から姉の視点で語られたと考え、小谷野敦や栗原裕一郎は『週刊読書人』の対談「文学はこのまま滅びゆく運命にあるのか」で、大森らの見方に違和感を唱え、小谷野は三人称・全知視点で始まり最後に姉が語り手として割り込んできたと解釈した。この対談で、栗原が「わたし」の唐突な登場に拘っているのに対し、小谷野はバルガス=リョサらの既存作品の語り手についての例を列挙して、「読者を驚かせるための効果であり、さほど前衛的ではない」と軽視した。福永信も栗原同様、語り手「わたし」に拘った。[2]
書籍情報
単行本[8]
ページ数: 141ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN 978-4163901015
発売日: 2014年7月28日
文庫本[9]
収録作品: 「春の庭」「糸」「見えない」「出かける準備」
ページ数: 245ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN 978-4167908270
発売日: 2017年4月7日
出典^ 『文藝春秋』2014年9月号芥川賞受賞インタビュー
^ a b c d 『週刊読書人』 2014年9月5日号
^ ⇒「週刊読書人」小谷野敦と栗原裕一郎の対談から
^ アマゾンレビュー
^ 産経ニュース
^ ⇒読売オンライン・書評
^ 『群像』 2014年10月号
^ アマゾン・ドットコム
^ アマゾン・ドットコム
関連項目