旧台南州庁
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旧台南州庁
現地名
繁体字中国語: 原臺南州廳
英語: Old Tainan Prefecture Hall
州庁(現文学館入口)
所在地台南市中西区中正路1号
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯22度59分31秒 東経120度12分17秒 / 北緯22.99194度 東経120.20472度 / 22.99194; 120.20472座標: 北緯22度59分31秒 東経120度12分17秒 / 北緯22.99194度 東経120.20472度 / 22.99194; 120.20472
建設1916年
建築家森山松之助、(修復時)陳森藤
建築様式西洋建築(現代式と古典式の混合)
訪問者国立台湾文学館の項を参照
管理者文化部文化資産局
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旧台南州庁(きゅうたいなんしゅうちょう、繁体字中国語: 原臺南州廳)は台湾台南市中西区にある国定古蹟の建築物。日本人建築家森山松之助による設計で、日本統治時代台南庁庁舎[1]:17、後に台南州行政組織が置かれたほか、州轄市としての台南市庁も兼ねていた。

戦後は中華民国空軍司令部、台南市政府庁舎として1997年まで使われた。1998年に直轄市指定古蹟登録を経て、修復・拡張工事が始まり、2003年に国定古蹟に昇格。現在は中華民国文化部傘下の文化部文化資産局によって国立文化資産保存研究センター(繁体字中国語: 文化資?保存研究中心)と国立台湾文学館として運営されている。古蹟名義は旧州庁だが、戦後長期にわたって台南市政府庁舎として使われたため、市民には「旧市政府」という呼称で定着している。

政府組織としての文学館とその沿革、概要は国立台湾文学館の記事を参照。
沿革1906年台南庁告示131号附圖:右図斜線部分が湯徳章紀念公園の前身。中央の「銀行宿舎」は台湾銀行の宿舎で、その後台南州庁の用地となる。第二次世界大戦中に爆撃を受けた台南州庁戦後に修復された旧台南州庁地中梁通気孔
台南庁舎

日本統治時代明治43年(1910年2月22日、台南庁長の松木茂俊が「台南庶発第410号」を以って台湾総督府に新庁舎建設を陳情した。当初の候補地は直近まで日本帝国陸軍の宿営舎として使われていた清朝の鴻指園の跡地(現在地よりやや東の衛民街)だったが、最終的に台湾銀行台南支店宿舎だったこの地が選ばれた[1]

大正2年(1913年10月11日上棟式が催され、当時総督府営繕課の技師だった森山松之助による設計で、レンガ造りによる石壁と鉄骨鉄筋コンクリートを組み合わせた2階建て建築で、屋根には銅瓦によるマンサード屋根様式が採用された。正門の立面は円形柱を誂えた左右に1つずつの衛塔を備えている[1]

大正5年(1916年5月20日、台南庁の弁公室が清朝の巡道署(現永福国小)を接収した旧庁舎から移転、この時期の庁舎は正門と衛塔部分だけで、1918年から1920年の間に両翼部分が増築された[1]
台南州庁

大正9年(1920年)9月、総督府の行政区画再編(廃庁置州)により元の台南庁北半分は嘉義庁との合併で台南州(現在の雲林県嘉義県嘉義市台南市に跨る)となり、州には州轄市としての台南市と10郡が置かれた。初代台南州知事は台南庁長だった枝徳二(中国語版)が就任[1]

台南庁の庁舎も台南州庁となった[1]。州庁の当時の住所は幸町(中国語版)で、正門は大正公園(現湯徳章紀念公園の円環(ロータリー)に面している。また「台南市役所」も入る合同庁舎で、円環から南方向に延びる幸町通(現在の南門路(中国語版))に面したところに市役所用の出入口があった。市役所は昭和5年(1930年)に大宮町(中国語版)2丁目(現在の永福国小付近)にあった旧台南庁庁舎を修復して移転した[1]。2階には1935年に旧州庁から増築移転した州議会議事場の旧台南州会と連絡通路を介して行き来できるようになった[2]

第二次世界大戦時中は昭和20年(1945年3月1日の台南大空襲に見舞われた。米軍焼夷弾が直撃し、庁舎はマンサード屋根や衛塔、その他木造部分が全壊するなど著しく損傷した。外壁も4年ほど荒廃したままだった[1]
空軍供応部

第二次大戦後、中華民国空軍供応司令部(後に空軍後勤司令部と改名)が上海市から台南に移転してきた。軍の第3弁公室は民国38年(1949年)に州庁を修復して置かれたが、屋根は一部が修復されたのみで、大ホールの柱も急ごしらえのものだった[1]。民国57年(1968年)、台南市議会での決議を経て市政府は空軍司令部に対し旧州庁を明け渡すことを要求[3]:5、900万ニュー台湾ドルで新司令部建設費用を補償することになった[3]:6。翌年供応部司令の将軍だった陳御風は翌年に移転することで当時の台南市長林錫山(中国語版)と合意に至った。

このとき市政府は南門尋常小学校(中国語版)(現在の台南市立建興国民中学(中国語版))内で業務を行っていた。現在も付近に府前路(中国語版)と道路名があることがそのときの名残である。

旧台南州庁
中華民国 文化資産
日本統治時代の台南州庁
登録名称原臺南州廳
旧称台南庁舍
台南州庁
空軍供応司令部
台南市政府
その他の呼称国立台湾文学館
等級国定古蹟
文化資産登録
公告時期市定古蹟:1998年5月
国定古蹟:2003年11月10日


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