日本大学医学部(にほんだいがくいがくぶ、Nihon University School of Medicine)は、医学を教育・研究する大学の学部である。また、日本大学大学院医学研究科(にほんだいがくだいがくいんいがくけんきゅうか)は医学の理論および応用を教育・研究する大学院の研究科である。 日本大学医学部は1943年(昭和18年)に設置された医科大学である。B型肝炎ワクチン、脳低温療法治療、日大式人工関節の研究開発などが行われている。2000年4月に医学部創立70周年記念事業の一環として、日本大学医学部先端医学総合研究センター(Advanced Medical Research Center)を設立[1]。また、臨床医および研究者の養成として医学生涯教育センターを開設している[2][3][4][5][6][7][8]。 隣接して日本大学医学部附属板橋病院があり、救命救急センターが付設されている[9]。なお、千代田区に所在する日本大学病院は医学部付属病院ではなく大学直属の病院である[10]。 これまで医学部付属病院として、駿河台日本大学病院、日本大学医学部付属練馬光が丘病院、日本大学医学部附属稲取病院、岡谷日本大学病院を有した。 特色ある医学教育として、平成7年から客観的臨床能力試験(OSCE)を実施している[11]。
概要
年表
1925年(大正14年)3月 日本大学専門部医学科開設(駿河台)。
1926年(大正15年)11月 附属駿河台病院開院。
1929年(昭和4年)
2月 医師法により指定校として認可される。
3月 医学科第1回生卒業(134名)。
1931年(昭和6年)3月 専門部医学科を5年制とする。
1932年(昭和7年)1月 附属駿河台病院看護婦養成所開設。
1935年(昭和10年)5月 附属板橋病院開院。
1937年(昭和12年)4月 医学科板橋新校舎落成移転。
1942年(昭和17年)3月 医学部に昇格認可(予科3年、学部4年制)。
1945年(昭和20年)4月 戦災により附属板橋病院全焼。長野県岡谷市にある岡谷市立病院を岡谷日本大学病院として医学部校舎と付属病院を疎開。
1948年(昭和23年)
1月 附属板橋病院外来棟復興。
3月 専門部医学科を廃止。
11月 大学院学位審査権取得。附属板橋病院棟復興。
1950年(昭和25年)4月 附属准看護婦養成所を板橋病院に移設。