日本二十六聖人殉教地記念館
Twenty Six Martyrs Museum
2014年12月撮影
施設情報
専門分野日本におけるキリシタンの歴史・文化
事業主体カトリック教会
建物設計今井兼次
開館1962年6月10日 (1962-06-10)
所在地〒850-0051
日本・長崎県長崎市西坂町7-8
位置.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯32度45分16.94秒 東経129度52分18.21秒 / 北緯32.7547056度 東経129.8717250度 / 32.7547056; 129.8717250
日本二十六聖人記念館(にほんにじゅうろくせいじんきねんかん)は、長崎県長崎市にある、日本二十六聖人の顕彰を目的としてカトリック教会によって設立された博物館。長崎県史跡「西坂の丘」のある西坂公園に隣接する[1]。設計は今井兼次で鉄筋コンクリート製の3階建て[1]。日本二十六聖人の列聖100周年にあたる1962年に開館した[1][2]。
本項目では、日本二十六聖人記念館と一体の施設である日本二十六聖人記念聖堂、日本二十六聖人記念碑(それぞれ「記念館」「記念聖堂」「記念碑」と略称)についても述べる。 ※外国語(人名、地名等)の表記は下記図録に従う 記念館とは道路を挟んだ位置に立地する天使の羽をかたどった紡錘型の双塔が特徴的な建物で、設計は記念館同様今井兼次[1]。アントニ・ガウディの研究者でもあった今井は、これらの建築にサグラダ・ファミリア教会で知られるガウディのスタイル(全体の形状や外壁面のタイル等)を意識的に取り入れることで、「スペインゆかりの地に立つ現代建築」という課題にこたえている。なお、日本二十六聖人に捧げられた教会堂として建設された「日本26聖殉教者聖堂」を正式名称とする大浦天主堂が既に存在した関係で、聖堂の正式名称は、殉教者の一人フェリペ・デ・ヘススにちなんだ「日本二十六聖人記念聖堂 聖フィリッポ教会」である[2]。記念聖堂正面
沿革
1962年6月10日:日本二十六聖人の列聖100周年を記念して開館[2]、初代館長に結城了悟神父就任。
1981年:ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世来館。
2004年:第2代館長にレンゾ・デ・ルカ神父就任。
2008年:結城了悟神父が帰天。
2017年:第3代館長にアントニオ・ガルシア修道士就任[3]。
2018年:第4代館長にドメニコ・ヴィタリ神父就任[4]。
主な展示物
大航海時代関連
スペイン・ガレオン船「サン・フェリペ号」模型
ポルトガル・ナウ船模型
古地図 アブラハム・オルテリウス「インド」、1570年
古地図 ルドビコ・テイセラ「日本」、1595年
ホーゲンベルグ「セビリア」、1569年頃
現代の作家による作品
長谷川路可「長崎への道」壁画、フレスコ、1965年 : 二十六聖人が畿内から長崎・西坂の刑場まで連行される様子を描いた作品。長谷川の遺作となった。
沢田政広「聖パウロ三木」木彫、1962年
舟越保武「高山右近」ブロンズ、1966年
関連施設
記念聖堂(聖フィリッポ教会)
記念碑「昇天のいのり」
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