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出典検索?: "日本の消防"
本記事では日本における消防(にほんにおけるしょうぼう)について説明する。東日本大震災被災地で活動する消防隊員
歴史江戸の町中に常設されていた消防用の桶(深川江戸資料館)水鉄砲(人力により放水ができる)
江戸時代以前までの日本には、消防の組織が置かれず、消化の技術も乏しかったことから、火災に対して為す術がなかった。そのため、失火した場合は打ち首、放火した場合は火あぶりと、非常に厳しい刑罰が科されていた。
江戸時代初期の1629年、幕府から大名へ江戸の町の火消役を命ずる奉書が出された。これを奉書火消といい、日本の消防の淵源と考えられている(但し、出火の報を受けても奉書をいちいち書いて出動を命じるのんびりしたものであり、実際的ではなかったという)。さらに1643年には大名火消として組織が充実・整備された。その後、1657年の振袖火事を受けて、1658年、旗本による定火消(じょうびけし)が始まった。「め組」で有名な町火消は江戸時代中期に南町奉行であった大岡忠相が組織編成したものである。
このように官民で消防組織が編成されたが、ポンプもない時代では技術的にも限界があり、消防活動の中心は、火災周辺の住宅を破壊して延焼を防ぐ破壊消火(除去消火法)であり、消防技術としては龍吐水や水鉄砲など小規模の火を水で消すため道具が作られた程度であった。→江戸の火事の項も参照。
大政奉還に伴い、従来の常設消防機関であった定火消は姿を消し、江戸以来の町火消は消防組と呼ばれるようになる。明治になると、内務省は消防組を警察機関の一部として吸収していった。いわゆる警察消防時代の幕開けである。消防技術の面では、腕用ポンプや蒸気ポンプが輸入・国産化され、近代的な消防戦術が導入された。腕用ポンプは吸管を使い水利部署し、ホースを伸ばして火点を直接攻撃するという現代の消防に通じる消防戦術の歴史上のエポックとなった。また、蒸気ポンプはその運用に技術を要し、消防は高度化・専門化を促され、「鳶職」から消防へと専門化を遂げ、その過程で現代に通じる「消防署」を見る事となった。
大正期には、電話も普及し自動車ポンプが輸入され、都市を中心に消防が充実していき、地方都市でも消防組内に常備部を置くようになった。自動車用のエンジンを使った手引きガソリンポンプや三輪消防ポンプが昭和に入って普及し始める。
第二次世界大戦後は、GHQの指導により警察から独立し、1948年にいわゆる自治体消防制度が発足した。第二次大戦中に警防団として組織された消防組も、警察部門から切り離されて消防団として再出発した。その後、消防は着実に進展を遂げ、20世紀末までに消防常備化がほとんど完了した。
1971年、名古屋市で火災に遭い、一度消火した建物から再び出火した事例があり、建物の関係者が名古屋市消防本部を「注意義務を怠った」として訴えた。類焼者への賠償責任を免除するという失火ノ責任ニ関スル法律が消防署員に対しても適用されるかが争われたが、1978年7月17日、最高裁判所は判決で消防士に重大な過失が無ければ国家賠償の責任は負わないとした(重過失の有無について高等裁判所へ差し戻し)[1]。 現在の日本では、消防の任務は消防組織法により規定されている。消防の任務は、警防・救急・救助・予防に大別される。近年は、防災も消防の任務と考えられることが多くなりつつある。 警防は、火災の防禦・消火に係る業務であり、本来の消防業務だといえる。火災の発生を覚知した時に、消火隊(ポンプ隊)を編成して消防車に搭乗して現場へ急行し、防禦・消火活動を行う。このように警防は現場活動を主とするため、多くの消防本部では警防業務と救急・救助業務を合同して、警防として所管することが多い。 また、火災や救急・救助の通報を受信し、各隊へ出動指令を出す通信指令業務も警防の一分野である。管轄区域内からの通報は、一旦、消防本部に設置されている通信指令室で受信し、発生場所に応じて所管の消防署、消防団、町村役場(消防団の役場分団)へ出動指令を発することとなるのが、一般的である。1990年代末期からは、高機能の指令システムが開発・導入され、固定電話から通報を受ければ、その通報元が瞬時に指令システムのモニタ画面の地図上に表示されるようになっている場合もある。 また、1990年代後期以降、携帯電話での通報が増えたが、管轄本部の通信指令室が直接受信するのではなく、都道府県内の主要(主に県都所在地の)消防本部に一度つながり、転送されることとされていたため、余分な時間がかかっていた。しかし、2005年度中からは全国的に、携帯電話からの通報を所管の消防本部が直接受信できる体制が整備された。ただし、携帯電話無線の感知状況によっては、県境付近で他県の通信指令室につながることもあるため、迅速性と場所の確認の面から固定電話での通報の方が有利であると言える。2007年春以降発売の携帯電話は原則GPS装備となり、位置特定に活用されている。 なお、消防では災害現場に出動する事を出動ではなく、現場に赴くという意味で出場と呼んでいる。(東京消防庁の場合) 救急は、生命・身体に危機が差し迫った傷病者を病院まで搬送する業務である。救急隊が救急自動車に搭乗して実施する。救急は元々消防の任務ではなく、大都市で任意に消防機関による救急業務が行われてきたが、1963年に消防の任務として法制化された。以後、救急出動件数は増加の一途をたどり、2000年代には年間約500万件にのぼり、年間火災件数の約7?8万件と比べると格段に多く、消防の主任務となりつつある。本来は危機の差し迫った傷病者を搬送するのが業務であるが、軽度なケガ・病気による救急要請が非常に多く、真に救急搬送を要するのは全体の半数以下の200万件程度ではないかと言われている。 また、近年では、救急搬送件数の増加により救急車の不足が慢性化していることや、より高度な資機材を必要とする事案が増加していることなどから、AEDや応急処置器材を積載した消防車が救急現場に出動する、PA連携が全国的に行われるようになった。
任務
警防
消火活動(阪神・淡路大震災にて)
消防ポンプ車
救急
また以前、救急隊員には、傷病者を病院まで搬送するだけで、医療行為を行うことは認められていなかったが、心肺停止など緊急性が特に高い傷病者については、早期の医療処置が必要であるとの声が高まり、1991年に救急救命士制度が創設され、有資格者は一定条件の下で特定の医療行為の実施が可能となった。救急隊に救急救命士を最低1人配置するため、教育訓練が精力的に進められている。2003年以降、電気的除細動、気管挿管、薬剤(アドレナリン)の投与などの行為が順次、救急救命士の業務として新たに認められるようになっている。
救急活動(防災訓練にて)
高規格救急車
救助
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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