日中韓首脳会談
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日中韓三国

日中韓首脳会談(にっちゅうかんしゅのうかいだん)は、日本国中華人民共和国大韓民国の3カ国の首脳による国際会談。
目次

1 日中韓サミット

2 国家情報

3 脚注

4 外部リンク

日中韓サミット

画像外部リンク
名目GDP(USドル)の推移
(日中韓、1980?2014年)

日中韓3か国が、持ち回りで開催する。アジア通貨危機を機に1997年から始まった「ASEAN+3」(東南アジア諸国連合の枠組みで開かれた日中韓首脳会議)より独立する形で2008年から始まった。首脳会談以外にも、3カ国の外相や各閣僚の会合も開催される(開催地が首脳会談とは異なる場合あり)。

2008年は、7月には原油価格が1バレルあたり147.27ドルの史上最高値まで高騰し、8月には北京オリンピックが開催され、翌年からBRICsの一角である中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になると見られていた時期であり、9月15日リーマン・ショックが発生して世界金融危機が深刻化した年である。当時の日本の麻生太郎首相は「日中韓の経済はドイツイギリスフランスの合計も上回る」として中韓との経済協力強化を打ち出し[1]、第1回のサミットは麻生首相の地元であり、中韓からも近い福岡県太宰府市九州国立博物館で開催された。「三国間パートナーシップに関する共同声明」[2] と3カ国の協力を具体化した「日中韓行動計画」[3] を発表した他、「国際金融及び経済に関する共同声明」で3カ国スワップ取極拡大合意などが歓迎されてチェンマイ・イニシアティブの強化で一致した[4]

2009年の第2回サミットで三国協力事務局の設置が合意される。

2011年は、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の被災地の宮城県仙台空港5月11日、温首相と李大統領が相次いで降り立ち、同空港がある名取市閖上地区を別々に訪問した後、福島県福島市に移動して菅首相と合流。3人で同市内の避難所を訪問した。その後、3人は東京に移動し、翌5月22日に第4回サミットが迎賓館で開催された。

2012年5月の第5回サミットでは日中韓投資協定が署名される。同年8月に李明博竹島上陸韓国による天皇謝罪要求が起こり、さらに同年9月の尖閣諸島国有化を巡って発生した中国における反日デモの影響などにより、暫く当サミットは開催されていなかった。

2015年11月の第6回サミットで日中韓首脳会談は再開され、日中韓自由貿易協定(日中韓FTA)と東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉妥結を目指すことや2018年平昌オリンピック2020年東京オリンピック2022年北京オリンピックに向けた3カ国のスポーツ交流強化や北朝鮮核問題での連携などを掲げた「北東アジアの平和と協力のための共同宣言」が採択される[5]

2018年5月の第7回サミットは東京の迎賓館で開催され、オリンピックパラリンピックに始まるスポーツ交流の継続や北朝鮮核問題と経済での引き続きの協力などで一致するも[6]、その後の個別の首脳会談で日中が複数の合意文書を交わしたのに対して日韓では具体的な成果がなかった[7]

首脳会談回開催年月日開催国開催地出席した首脳典拠
内閣総理大臣国務院総理大統領
12008年12月13日 日本太宰府市麻生太郎温家宝李明博[8]
22009年10月10日 中国北京市鳩山由紀夫温家宝李明博[9]
32010年5月29日30日 韓国済州特別自治道鳩山由紀夫温家宝李明博[10]
42011年5月22日 日本東京都菅直人温家宝李明博[11]
52012年5月13日 中国北京市野田佳彦温家宝李明博[12]
62015年11月1日 韓国ソウル特別市安倍晋三李克強朴槿惠[13]
72018年5月9日 日本東京都安倍晋三李克強文在寅[14]


太字は議長国の首脳。

国家情報

基本情報国家面積 (2017)
km2人口 (2017)人口密度 (2017)
人間開発指数
(2016)首都最大都市2位都市
日本377,915126,451,398334.610.903 (17位)東京東京横浜
中国9,596,9601,379,302,771143.70.738 (90位)北京上海北京
韓国99,72051,181,299513.20.901 (18位)ソウルソウル釜山


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