日テレ・東京ヴェルディベレーザ
[Wikipedia|▼Menu]

日テレ・東京ヴェルディベレーザ
原語表記日テレ・東京ヴェルディベレーザ
呼称日テレ・東京ベレーザ
[注 1]
愛称ベレーザ
クラブカラー    グリーン
創設年1981年
所属リーグWEリーグ
ホームタウン東京都北区板橋区稲城市日野市多摩市立川市[2]
ホームスタジアム味の素フィールド西が丘
運営法人東京ヴェルディ株式会社[3]
代表者 中村考昭[3]
監督 松田岳夫
公式サイト公式サイト
今シーズン
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

日テレ・東京ヴェルディベレーザ(にっテレ・とうきょうヴェルディベレーザ、英語: Nippon TV Tokyo Verdy Beleza)は、日本東京都北区板橋区稲城市日野市多摩市立川市ホームタウンとする、WEリーグに所属する女子サッカーチームである。
概要

「ベレーザ」とはポルトガル語で「美人」を意味する。伊賀フットボールクラブくノ一とともに、日本女子サッカーリーグ(JLSL→L・リーグ→なでしこリーグ)発足時から加盟しており、唯一2部降格がない。主要のアジア・全国タイトル獲得数は、WEリーグ所属チーム中最多の計52回である。運営会社は東京ヴェルディ株式会社(日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟する東京ヴェルディの運営会社)である[3]。東京V同様に、下部組織として「メニーナ」(ポルトガル語で「少女」を意味する)及び「メニーナ・セリアス」(同「真面目な少女」)を有し、女子ユース代表他に多数の選手を輩出している。
歴史

1981年:
東京ヴェルディの前身となる読売サッカークラブの女子チーム「読売サッカークラブ女子・ベレーザ」として発足[4]。東京都リーグ2部に参加した。当初は読売クラブの女性ファンを対象に「選手に近づける」ことを目的として作られた面もあったが、本格的なコーチングを行うことにより女子サッカーの普及・向上を目指すことになった。1984年に都リーグ1部に昇格。なお、皇后杯全日本女子サッカー選手権大会には第5回大会(1983年)から出場している。

1989年:日本女子サッカーリーグが発足した際は、創設メンバー(6クラブ)のひとつとして参加。清水FCレディースとの開幕戦(9月9日)で勝利を収めた。この第1回リーグでは清水FCレディースに次ぐ2位[注 2]

1990年:第2回リーグから4連覇し、野田朱美高倉麻子手塚貴子小野寺志保大竹奈美らを擁したベレーザは常にリーグ戦、全日本女子サッカー選手権大会でも優勝を争った。

1994年:西友とスポンサー契約を結び、名称を読売西友ベレーザへ変更。

1998年:西友とのスポンサー契約解消により名称を読売ベレーザへ変更。

1999年:スポンサーが日本テレビ完全出資のNTV FCに変更[注 3]されたことによりNTVベレーザに変更。

2000年:日本テレビがロゴ変更及び略称を「日テレ」に統一するCIが導入されたのに合わせ、日テレ・ベレーザとなる(なお2001年からNTV FCは稲城市などとの共同経営となった)。この間、ベレーザは1994年からリーグ優勝を逃していたが、1998年の第10回リーグで3連覇を成し遂げた日興證券ドリームレディースが同年度限りで廃部、続く1999年の第11回リーグで優勝したプリマハムFCくノ一が翌2000年からは伊賀フットボールクラブくノ一として再編・規模縮小するなど、いわゆる「女子サッカー冬の時代」[注 4]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:229 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef