新潟大学
新潟大学(旧)正門(2006年10月)
五十嵐キャンパスの位置
大学設置1949年
創立1870年
学校種別国立
設置者国立大学法人新潟大学
本部所在地〒950-2181
新潟県新潟市西区五十嵐2の町8050番地
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯37度52分2.9秒 東経138度56分29.4秒 / 北緯37.867472度 東経138.941500度 / 37.867472; 138.941500
新潟大学(にいがただいがく、英語: Niigata University)は、新潟県新潟市西区五十嵐2の町8050番地に本部を置く日本の国立大学である。1870年創立、1949年大学設置。大学の略称は新大(しんだい)。 新潟大学は、旧制大学の流れをくみ旧官立大学の一つである。特に、医学部は旧六医科大学の一校である旧新潟医科大学を直接の起源にもつほか、人文学部、法学部、経済科学部及び理学部はネームスクールの一校である旧新潟高等学校を起源にもつ。一期校である。令和元年度(2019年度)国立大学法人運営費交付金の額は約163億円で、全国立大学86校中14位である[1]。 旧新潟医科大学、旧新潟高等学校などを主な母体として1949年に開学した。 2021年(令和3年)現在、10学部・5研究科・脳研究所・災害復興科学センター等の研究機関を擁する、本州日本海側において最大規模の総合大学である。2021年5月1日時点での総学生数は12,173人[2]。発足当初は県内にキャンパスが点在していたが、統合移転により新潟市郊外西部にある広大な五十嵐キャンパスと、市中心部に構える旧新潟医科大学以来の医歯学系学部が集まる旭町キャンパスに集約された。その他他に、旭町キャンパスに隣接する西大畑地区(旧新潟高等学校跡地)に教育学部附属学校(小学校、中学校、特別支援学校)が置かれている。新潟駅の南に社会人学生向けの授業や生涯学習向けの講座等を目的としたキャンパス「CLLIC」が置かれていたが、サテライトキャンパスとしての機能性の充実を図り、利便性を更に向上させるため、CLLICと同じ新潟駅南口にあるプラーカ1の2階に、「ときめいと」を2009年9月に移転オープンさせた。 前述の通り、略称には「新大(しんだい)」が用いられる。ただし、「しんだい」の呼称は他の地域の大学を指す場合もある(詳しくは「大学の略称」を参照)。 高志(こし)の大地に育まれた敬虔質実の伝統と世界に開かれた海港都市の進取の精神に基づいて、自律と創生を全学の理念とし、教育と研究を通じて地域や世界の着実な発展に貢献することを全学の目的とする。 現在では、医学部・歯学部を除く全学部の学生が五十嵐キャンパスで1-2年次は主に教養教育を、3年次以降は専門教育を受ける。医学部・歯学部の学生は1年次は五十嵐キャンパスで教養教育を受けるが、2年次以降は旭町キャンパスに移り専門教育を受けることになる。 前述の通り、文系学部の起源は、学制改革で旧新潟高等学校が廃止された後にその校地と教官陣を再編してつくられた人文学部である。その後、大学紛争が収束した昭和50年代に旧文部省の地方大学充実政策の一環として人文・法・経済の三学部に分けられた。そのため、この三学部は以前は同じ建物に同居しており、お互いの学部の講義を聴講する機会も多く、同窓会も一緒である。 主な母体である旧新潟医科大学の起源は、1870年設置の共立病院に遡る(「新潟医科大学」参照)。
概観
大学全体
理念・目標
教育および研究
沿革
略歴
年表医学部の前身、官立新潟医学専門学校の正門。1911年建設の煉瓦塀、1914年建設の門柱は現在も医学部敷地で使用され、登録有形文化財に登録されている。
前身
1870年(明治03年) - 新潟に仮病院(共立病院)を設置。
1873年(明治06年) - 私立新潟病院が開院。
1874年(明治07年) - 官立(国立)新潟師範学校を設立。
1877年(明治10年) - 新潟県師範学校と県立新潟学校を統合し、新潟学校が発足。
1886年(明治19年) - 新潟学校師範学部を新潟県尋常師範学校と改称し、独立。
1899年(明治32年) - 高田に新潟第二師範学校を設置。
1900年(明治33年) - 長岡に新潟県女子師範学校を設置。
1910年(明治43年) - 官立新潟医学専門学校を開校。
1919年(大正08年) - 新潟高等学校を設立。
1922年(大正11年) - 新潟医科大学設立。新潟県立農業補習学校教員養成所を設置。
1923年(大正12年) - 長岡高等工業学校を設立。
1940年(昭和15年) - 新潟県長岡女子師範学校に県立女子青年学校教員養成所を設置。
1944年(昭和19年) - 新潟県立青年学校教員養成所を廃止し、新潟青年師範学校を設置。
1945年(昭和20年) - 新潟県立加茂農林学校が新潟県立農林専門学校に昇格。
1947年(昭和22年) - 北日本総合大学期成同盟会設立。
1948年(昭和23年) - 新潟大学設置準備委員会発足。
開学後
1949年(昭和24年)
5月31日 - 学制改革に伴い、新制大学新潟大学が発足[注 1]。
新潟医大、新潟高校、長岡工専、県立農専、第一師範、第二師範、青年師範の7校を包括し、在校生が卒業するまで存続。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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