新明和工業株式会社
ShinMaywa Industries, Ltd.
種類株式会社
市場情報東証プライム 7224
新明和工業株式会社(しんめいわこうぎょう、英: ShinMaywa Industries, Ltd.)は、兵庫県宝塚市に本社を置く輸送機器、産業機器製造会社である。第二次世界大戦前は川西財閥傘下の航空機製造会社「川西航空機」であった。 前身の川西航空機は、九七式飛行艇や二式大型飛行艇などの飛行艇、局地戦闘機紫電/紫電改を開発・製造した会社として知られる。 戦後、川西航空機は民需転換を図る中で社名を明和興業(めいわこうぎょう)に変更。これが新明和という社名のルーツになる。戦時補償債務打ち切りに伴う関連法の企業再建整備法により明和興業は吸収分割されることになり、自動車部門の明和自動車工業(現・ダイハツ工業)と汎用機械部門の新明和興業という、2つの会社として再設立された。「明和自動車工業#歴史」および「ダイハツ・ミゼット#概要」も参照 川西の航空機製造技術を引き継いだ新明和だったが、設立当初は占領下であり、航空機の製造が日本全体として禁止されていたため、民需転換のため様々な試みが行われた。「日本航空機製造#戦後の航空産業」も参照 その後、朝鮮戦争をきっかけに航空産業が解禁となり、航空機製造への再参入を果たす。民間輸送用プロペラ機YS-11の生産分担に始まり、海上自衛隊向けの飛行艇で完成機メーカーとして完全復活した。現在は救難飛行艇US-2を製造している。また、天突きダンプや塵芥車などの特装車、ポンプや自動電線処理機などの産業機械、機械式駐車場、ボーディング・ブリッジなども製造する産業機器メーカーとなっている。 三水会[1]とその後身社長会である水曜会およびみどり会[2]の構成企業で三和グループに属している。
概要
沿革戦前の歴史については「川西航空機#歴史」を参照
1920年(大正9年) - 川西機械製作所創業。当時の本社は神戸市の川西倉庫本社内に置かれた。
1928年(昭和3年) - 川西航空機設立。(二式大型飛行艇、紫電改戦闘機等)