文民統制
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アメリカ軍司令官交代式にてゴードン・イングランド(英語版)海軍長官を敬礼して迎えるジョン・ナスマン(英語版)海軍大将 (右端) とウイリアム・ファロン(英語版)海軍大将。海軍長官は海軍省国防総省内の部局)の文民による長であり、海軍海兵隊を指揮下に置く。海軍長官は同じく文民である国防長官の下に属する(2005年2月18日)。

文民統制(ぶんみんとうせい、シビリアン・コントロール、英語: civilian control of the military)とは、文民たる政治家軍隊を統制するという政軍関係を意味する。
概要

文民統制(シビリアンコントロール、英語:Civilian Control Over the Military)とは、民主主義国における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的統制をいう。すなわち、主権者である国民選挙で選出した国民の代表を通じて、軍事に対して最終的判断・決定権を持つという国家安全保障政策における民主主義の基本原則である[注 1]。政治統制(Political control)や文民優越(civilian supremacy)と言うこともある。一般的に軍の最高指揮官首相大統領とされるが、これはあくまでも軍に対する関係であって、シビリアン・コントロールの主体は立法府国会議会)そして究極的には国民である[1]。このため欧米では、本質を的確に表現するポリティカル・コントロール(政治的統制)あるいは民主的統制・デモクラティックコントロールという表現を使うことが一般的になりつつある。

民主主義国において戦争平和の問題は国民の生命・身体の安全自由に直結する最重要の問題であるので、主権者である国民が国民の代表を通じてこれを判断・決定する必要がある[2]

シビリアンコントロールにおいては職業的軍事組織は軍事アドバイスを行い、これを受けて国民の代表が総合的見地から判断・決定し、その決定を軍事組織が実施するということが原則となる。国防安全保障政策の基本的な判断と決定は選挙で選出された国民の代表が行う。これは彼らが軍人・文官官僚より優秀ということでは無く、国民の代表という正当性を体現するからである。そして何よりも国民の代表は国民に対して説明責任を持ち、したがって国民は彼らの決定に不服があれば、選挙を通じて彼らを排除出来るからである。

シビリアンコントロールの下で法の支配と民主主義の政治過程を尊重する観点から、軍事組織の構成員はあくまで軍事の専門家としての役割に特化し、政治判断に敢えて立ち入らないとされる。軍事組織は予断を行わず正確に情報を開示し、国会(国民)に判断・決定を仰いで国会(国民)の決定を確実・正確に執行する役割に特化する。将兵は任官において議会・大統領(元首)又は立法・国民に対する忠誠宣誓が求められる。

一般的に軍事的組織構成員も国民の1人として投票権を行使する。しかしシビリアン・コントロールの下で軍事的組織は政治的中立性・非党派性を保つべきものとされ、軍事的組織構成員が政治的活動を行い、政治的意思表明を行う場合はまず軍務を辞するべきものとされる[注 2][注 3][注 4][注 5]
文民統制と国民世論

戦前の日本で文民統制が喪失したのは、時の政権が求めたからでは無く、内容自体は国家意思の最高決定権の意味での主権は天皇にあるという明治時代から政府・議会の暗黙の了解だった。美濃部達吉貴族院議員による天皇機関説[3]排撃することで、与党となって主導権を握ろうとした野党の立憲政友会とマスコミに煽られた国民世論が、時の岡田内閣に国会外で天皇機関説に対する政府見解を迫って国体明徴声明を出させたことで起きているとの見解がある[4]
文民統制の分類

ハーバード大学サミュエル・P・ハンティントンによれば、文民統制には大きく2つの形態が存在する。第一に「主体的文民統制」であり、文民の軍隊への影響力を最大化することによって、軍隊を政治に完全に従属させ、統制するというものである。しかしこれは政治家が軍事指導者となる必要があるため、軍隊の専門的な能力を低下させることになり、結果的に安全保障体制を危うくする危険性がある。もう一方に「客体的文民統制」がある。これは文民の軍隊への影響力を最小化することによって、軍隊が政治から独立し、軍隊をより専門家集団にするというものである。こうすれば軍人は専門化することに専念することができ、政界に介入する危険性や、軍隊の能力が低下することを避けることができる。また現代の戦争は非常に高度に複雑化しているため、階級の上下を問わず専門的な分野の技能を持った職業軍人が必要とされている。
文民統制の必要性

シカゴ大学のモーリス・ジャノヴィッツは適切な文民統制の必要性・役割を政軍関係における軍隊への有効性と有事即応性の判断、国際情勢への対応度、市民と軍務との関係の程度を決定することにあると論じた。また適切な文民統制のために文民は以下のことを行うべきであると述べた。
軍事目標を実行可能なものに限定すること。

政治目的と合致した軍事ドクトリンを形成すること。

軍隊における専門性および専門的自尊心をより高めること。

民主的政治制度の正統性の気風を高めること。

以上に基づいて文民政治家が軍隊の仕事を真に理解してその責任を評価することと軍人が認識することによって政治の統制に従うのであると結論している。
民主体制との整合

政治家は選挙により国民の信託を受けており、政治家が失敗をしたとしても、その政治家を選んだ国民にも責任があるといえる。余りにも戦争指導が酷ければ議会によって不信任を突き付けられるか、選挙で落選するであろう。しかし、軍人は国民に選挙で選ばれたわけではない、ただの官吏である。クーデターなどの手段で軍人が政権を握り、政治指導を失敗した場合、国民は自分たちが選んだわけでもなく替える手段もない指導者のために大災厄をこうむる事になる。国民が主権者である民主国家では文民統制の維持は政軍関係の原則であって、民主国の軍人は政治や外交に干渉せず、国民が選挙で選んだ政治家の指導に服し、軍務に精励することが求められる。

逆に五・一五事件の時に大衆から将校たちへの寛恕を求める請願があり、結果として甘い処分で済ませたことが軍規を緩ませ、軍人の驕慢を許して二・二六事件につながった。政治家は軍人の反乱に対しては断固として鎮圧し、徹底して調査・処分して軍部独裁を阻止する事が正しいという主張もある。

帝国憲法下の選挙制度においては職業軍人及び召集された者は選挙権(及び被選挙権)が停止されていた[5]。戦後においては自衛官もまた大衆であり国民であって、一般に兵もまた政治的意見を表明することを妨げられることはないが、任官に際して議会・元首・立法・国民に対して行った忠誠の宣誓に基づく統制を受ける。なお石破茂はこう語っている。政治には党派性が、思想には排他性がつきものであり、実力部隊である軍がこれに関与することは少数派への弾圧、少数意見の抑圧という民主主義にとっての根幹に関わる重大な影響を及ぼす。それ故に幅広い思想を学び政治的中立を保つ努力が必要であり、突き詰めれば政治に関わらず軍務に精励することが必要なのであるとする[6]。 ? 2008年11月10日の公式ブログより
国家戦略性

政治家は軍事に素人であるが、軍人は政略・外交また特に近代戦を遂行するについて不可欠な経済・産業・財政について素人であり、戦争が外交の延長である以上、戦争の大局判断、政略戦略外交、そして開戦と講和については政治家が最終的に判断を下すべき事項である。文民統制を確立することは、戦争の大局を左右する段階での軍人の独断や(ただし、切迫した状況下での現場指揮官の即断は、事前に示された範囲においてある程度認められている)、クーデターなどに歯止めを掛ける上で極めて有効な方法であり、政治家と軍隊の腐敗や癒着を避ける意味でも極めて重要な制度である。
各国の文民統制の歴史的経緯

歴史上、多くの貴族などの支配者は政治家であると同時に軍人でもあった。主権国家体制の成立する以前の前近代では、必ずしも治安を維持する警察機能と国防を担う軍事機能が明確に峻別されるものではなく、武力・軍事力を常に独占的に掌握しておくことは政治的権力の維持のためにも必要であった。また、外交が発展する近代までは安全保障の重要性が今以上に高かったためであると考えられる。同時に軍隊の組織も発展途上であり、軍事戦略作戦戦術に関する理論体系も整っておらず、兵器も原始的なものであったために専門的な知識・技能がなくとも作戦部隊の指揮官としての仕事がこなせたことも大きな要因である。


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