文化放送_(韓国)
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株式会社文化放送
???? ????
Munhwa Broadcasting Corporation

種類株式会社※1
市場情報KRX 052220
略称MBC
本社所在地 韓国
03925
ソウル特別市麻浦区城岩路267(上岩洞1603)
設立1961年2月21日
業種情報・通信業
事業内容テレビ・ラジオ放送事業
代表者社長 崔承浩
資本金10億ウォン(2009年12月末日時点)
従業員数単独1705人(役員7、正規1545、契約153)
連結3928人(役員46、正規3596、契約286)
(2015年1月1日)
決算期12月末日
主要株主放送文化振興会 70%、正修奨学会 30%
主要子会社MBCプラスメディア、MBC C&I、iMBC、MBC アート
外部リンク ⇒http://www.imbc.com/
特記事項:※1この株価情報は、MBCの子会社である(株)iMBCの情報。放送法規上は「放送文化振興会が最多出資者である放送事業者」。KBSEBSとともに「公営放送」として分類され、民間資本で1990年代以降に設立されたSBSなどの地域民営放送とは区別される。
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文化放送(????)
各種表記
ハングル:????
漢字:文化放送
発音:ムナバンソン
日本語読み:ぶんかほうそう
英語:Munhwa Broadcasting Corporation (MBC)
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株式会社文化放送(ムナほうそう)(: Munhwa Broadcasting Corporation)(: ???? ????、ムナバンソン)(朝鮮漢字:文化放送)は、大韓民国の全国を放送エリアとするテレビラジオ兼営放送局である。

略称は「MBC」だが、日本においては、東京都港区にあるラジオ局の文化放送と区別するために「韓国文化放送」と呼ばれたり、鹿児島県鹿児島市にあるラテ兼営局の南日本放送の略称MBCと区別するために「韓国MBC」と呼ばれたりしている。

キャッチコピーは「????MBC(いい友達MBC)」。
概説

MBCは、1961年12月2日に開局した韓国地上波放送局1969年テレビ放送事業に参入し、現在は17の地域系列局からなる全国ネットワークを構築している。公益財団である放送文化振興会を筆頭株主とし、経営は広告収入に依存している株式会社形態の公営放送である(放送文化振興会(朝鮮語版)70%、正修奨学会(朝鮮語版)30%)。

地上波テレビチャンネル1つ、ラジオチャンネル3つ、ケーブルチャンネル5つ、衛星チャンネル5つ、DMB(Digital Multimedia Broadcasting、デジタルマルチメディア放送)チャンネル4つを運営している。

地上波テレビ(呼出符号(コールサイン):HLKV-DTV、1969年8月8日アナログ開局)、AMラジオ(呼出符号:HLKV、900kHz、1961年12月2日開局)、FMラジオ(呼出符号:HLKV-FM、91.9MHz1971年9月19日開局、通称:音楽FM、愛称:MBC FM4U)の各放送を有しており、混信対策や音質向上のため、AMラジオと同一内容の放送をFM波でも送信している(サイマル放送、HLKV-SFM、95.9MHz、1987年12月15日開局、通称:標準FM)。

また、CATV・デジタル衛星放送(Skylife、??????)向けチャンネルとして、MBCドラマ(??? ???)、MBCスポーツ+(??? ???+、旧MBC ESPN)、MBC Every1(??? ????)、 MBCミュージック(??? ??)、MBCクィーン(??? ?)の各チャンネルを有する。

本社はソウル特別市麻浦区デジタルメディアシティー(DMC)に位置しており、京畿道一山ドリームセンター、楊州スタジオ、龍仁ドラミア(オープンセット)など、韓国最大規模の放送制作設備を揃えている。

プロ野球チーム「MBC青龍(MBC??, ドラゴンズ)」(現:LGツインズ(LG???))を1982年から1989年まで保有していた。
日本の放送局との交流

日本との関係ではフジテレビエフエム福岡と提携し、MBC本社にフジテレビソウル支局、東京都港区台場フジテレビ本社にMBC東京支局がある。また、テレビ朝日報道番組で、2005年夏ごろからJTBCと提携するまでの間、MBCのニュース映像を使用していた。また系列局の全州文化放送が共通の英語略称を使用する南日本放送鹿児島県JNNTBS系)と提携するなど、多数の系列局が日本の地方テレビ局との関係を持っている。なお、TVQ九州放送福岡県TXNテレビ東京系)が放送した日本最初の韓国ドラマ(『パイロット(朝鮮語版)』(1993)・『華麗なる休暇(朝鮮語版)』(1996)・『嫉妬(朝鮮語版)』(1992)の3本、すべてMBC月火ドラマ)はこの局が制作したものである。

名称が類似する文化放送東京都)との交流もあり、2002年日韓ワールドカップを記念して、両局のラジオで同時生放送が行われ、吉田照美小俣雅子の声が韓国のラジオから聞こえたこともある。

近年はMBCが制作した番組のフォーマットを日本のテレビ局や動画配信サービスに販売するケースも増えており、2021年にABEMAにて配信された『私たち結婚しました』やAmazon Prime Videoにて配信された『ザ・マスクド・シンガー』などは本放送局にて放送された番組を元に企画・制作されている[1][2]
会社概要

主な会社情報は別掲。

事業拠点:

上岩新社屋:ソウル特別市麻浦区城岩路267

MBCドリームセンター(一山制作センター):京畿道
高陽市一山東区白馬路195(?項洞869)

旧放送センター(本社):ソウル特別市永登浦区汝矣ナル路96(汝矣島洞31)

旧経営センター:ソウル特別市永登浦区国際金融路52(汝矣島洞34-1)上岩社屋に集約移転。現在は、再開発によりマンション、オフィスの住商複合施設「BRIGHTEN Yeouido」。

楊州文化村(楊州スタジオ)→大長今テーマパーク:京畿道楊州市満松路394-104(満松洞30)老朽化のため2011年いっぱいで閉鎖。その後ドリームセンターに機能集約。



社是:自由 責任 品格 団合 (??, ??, ??, ??)

海外支社・支局:ワシントンニューヨークロサンゼルス(MBCアメリカ〈MBC????〉)、ロンドンパリベルリンモスクワ東京北京香港

海外提携放送局:フジテレビFM福岡(以上日本)、広電総局(中国)、メディアコープTV(シンガポール)、ABC(オーストラリア)、フランス・テレビジョンZDF(ドイツ)、ARD(ドイツ)、ハンガリー・テレビ (Magyar Televizio) 、IRIB(イラン)、テレビグローボ(ブラジル)

関連会社:MBC米州法人、MBC C&I、MBCプラスメディア、MBC PlayBe、格MBC、MBC アート、MBCアカデミー、MBC ナヌム、MBC 京仁

歴史
ラジオ時代(1961 - 1968)

1961年12月2日に初のラジオ放送の電波(呼出符号HLKV、周波数900kHz、出力10kW)を発射し、韓国の首都ソウルでは初の民間商業放送としてスタートした[3]。1963年4月12日、政府から全国の主要都市(大邱、光州、大田、全州)にローカル局の設置許可を取得し、先行して韓国初の民放ラジオ局を開局した釜山とソウルをはじめとする、6大都市を結びつなげるネットワークを構築した。
白黒テレビ時代(1969 - 1979)

1969年8月8日、初のテレビ放送を開始(呼出符号HLAC-TV、出力2kW)し、1970年10月5日にメインニュースである「MBCニュースデスク」をスタートした。68年から69年の間に7の民間放送局(蔚山、晋州、江陵、春川、木浦、済州、馬山)と提携関係を結び、計13の直轄局・加盟局を通して全国テレビ放送を実施した。1974年には京郷新聞を買収・合併し、FMラジオを開局した。
カラーテレビ時代(1980 - 1990)

1980年5月の言論統廃合によって株式の7割を韓国放送公社が取得し、民間放送から公営放送になった。同年12月、初のカラー放送を開始した。 1981年には言論基本法に基づき、京郷新聞と分離された。 1982年に汝矣島社屋へ移転し、同年プロ野球団である「MBC青龍」を創団した。1986年のソウルアジア競技大会と1988年のソウルオリンピック中継放送をきっかけに規模と技術の面で大きく成長した。
マルチメディア時代(1991 - 2000)

国際イベントを経験し、巨大組織としてスピーディーな成長を成し遂げたMBCは、マルチメディア・マルチチャンネルの熾烈な競争環境の下で効率のよい組織を目指し、バリューチェーン(value chain)に特化した企業を設立し、子会社として分社した。(MBCプロダクション、MBCメディアテク、MBC放送文化院、MBC芸術団、MBC美術センター)

※MBCプロダクションとMBCメディアテクは2011年8月にMBC C&Iとして合併された。
デジタル時代(2001 - 現在)

通信と放送の融合によるデジタル時代が本格化し、MBCはインターネットMBC(iMBC)を別の法人として発足させ、多様なインターネットビジネスを展開した。また、ケーブルテレビ(MBCプラスメディア)と衛星放送、新しい概念のDMB(Digital Multimedia Broadcasting)放送を実施する一方、2007年には最先端の放送制作施設を揃えた「一山ドリームセンター」社屋を京畿道一山に建設した。2014年9月には汝矣島社屋時代が幕を閉じ、ソウル市麻浦区上岩洞の新社屋に竣工移転した。
沿革

1961年2月21日 - ソウル民間放送(株) 設立登記

1961年10月2日 - 社名変更、韓国文化放送(株)

1962年12月2日 - MBCラジオ開局(HLKV900kHz、10kW)

1963年11月26日 - 国会議員選挙開票実況の単独中継

1965年1月23日 - MBCネットワーク形成 - ソウル、釜山、大邱、大田、光州、全州

1966年6月22日 - テレビ開局許可を取得

1967年5月3日 - 第6代大統領選挙開票実況の単独徹夜放送

1968年4月 ~ 9月 - 地域ネットワークの拡大(蔚山、晋州、江陵、春川、済州)

1969年8月2日 - 貞洞新社屋竣工(貞洞時代の幕開け)

1969年8月8日 - テレビ放送開始

1970年10月5日 - 「MBCニュースデスク」初放送

1971年10月1日 - 加盟局体制への変更による商号統一(○○文化放送)

1972年4月15日 - テレビ呼出符号変更(HLAC→HLKV TV)

1974年11月1日 - 京郷新聞の吸収合併、(株)文化放送・京郷新聞として発足

1975年9月8日 - 文化体育館開館

1977年9月3日 - 第1回「MBC大学歌謡祭」開催

1978年4月7日 - テレビニュース専用スタジオ「ニュースセンター」竣工

1979年7月28日 - 第1回「MBC川辺歌謡祭」開催

1980年12月22日 - カラーテレビ放送開始

1981年1月1日 - カラーテレビ放送の全国同時開始

1982年3月17日 - 汝矣島スタジオ竣工

1984年12月21日 - テレビ音声多重放送開始

1985年9月19日 - FM全国同時放送開始

1985年11月18日 - 韓国テレビ中継車第1号の制作完了および初披露

1986年4月19日 - 貞洞の放送施設を汝矣島に統合して送出開始

1986年9月1日 - 鬱陵島にテレビ無人中継所開設

1987年12月15日 - MBC標準FM放送開局

1988年9月17日 - ソウルオリンピックの中継放送実施(685時間)

1988年12月31日 - 放送文化振興会設立

1990年7月2日 - MBC放送綱領宣言

1990年10月15日 - ID song「会えば良き友、MBC文化放送」放送開始

1991年1月10日 - MBCプロダクション、MBCメディアテク設立

1991年6月1日 - MBC放送文化院設立

1991年7月1日 - アメリカ支社の設立および業務開始

1992年7月1日 - MBC美術センター設立

1993年9月6日 - テレビオンブスマン制度の導入

1993年10月1日 - MBC視聴者相談室運営開始


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