揚陸艦(ようりくかん、英語: Landing ship)は、人員や物資の輸送を目的とした艦船のうち、岸壁などの港湾施設に頼らずに揚陸する能力をもった軍艦のこと。 第一次世界大戦以前の上陸戦において、上陸部隊は、軍隊輸送船・輸送艦から連絡艇や艀に乗り移って陸地に向かうのが一般的な手法であったが[1]、大戦中のガリポリの戦いの戦訓から、専用の揚陸艦の必要性が認識されるようになった[2][3]。大日本帝国陸軍は第一次上海事変での上陸作戦の教訓も踏まえて、優れた舟艇運用機能を備えた陸軍特殊船を開発した[4]。しかし国としての造船能力の限界や諸経費の問題から建造数は大幅に削減され、また建造された船もほとんどが第二次世界大戦で戦没した[5]。 アメリカ海軍においては、当初は艦隊補助艦の分類のなかに兵員輸送艦(AP)と貨物輸送艦(AK)があるのみだったが、後にAP・AKの相当部分について、舟艇運用機能を強化する改修が行われた[6]。これらの艦は1943年に攻撃輸送艦(APA)および攻撃貨物輸送艦(AKA)へと類別変更され、従来のAP・AKは本国から前進基地への輸送、APA・AKAは前進基地から揚陸地点沖合への輸送と使い分けることとしたものの[3][7]、APA・AKAともに揚陸艦としての性格は弱いままであった[8][注 1]。一方、ダイナモ作戦による海外派遣軍撤退を経て大陸反攻を目指すイギリス海軍は、擱座着岸機能を備えた戦車揚陸艦(LST)と、優れた舟艇運用機能を備えたドック型揚陸艦(LSD)を開発したものの、国としての造船能力の限界から、実際の設計・建造はアメリカ合衆国が担った[9]。 1940年代後半よりヘリコプターが発達すると揚陸艦における航空運用機能の存在感が増して、APAにヘリ空母としての機能を統合することが構想されるようになり、まずは既存の航空母艦を改装するかたちでヘリコプター揚陸艦(LPH)が登場し、間もなく専用設計艦の新規建造に移行した[10]。またこれと並行して、航空運用機能を妥協するかわりに舟艇運用機能を強化したドック型輸送揚陸艦(LPD)も登場したが[11]、これは実質的にLSDにAPA・AKAの機能を統合したものであった[12]。 その後、航空運用機能と舟艇運用機能を兼ね備え、LPH・AKA・LSDの機能を代替できるものとして、強襲揚陸艦(LHA
分類の変遷
揚陸艦の特殊装置