振り子式車両
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曲線区間でのJR北海道キハ283系気動車
制御付き自然振り子式車体傾斜を採用し、最大6度の傾斜角を実現している。

車体傾斜式車両(しゃたいけいしゃしきしゃりょう、英語: tilting train)とは、曲線通過時に車体を傾斜させることで、通過速度の向上と乗り心地の改善を図った鉄道車両である[1]。車体傾斜車両とも呼ばれる。

車体傾斜の方法としては、自然振り子式、制御付き自然振り子式、強制車体傾斜式、空気ばね制御による車体傾斜式など、複数のシステムが存在している[2]
概要 JR四国2000系気動車の車体傾斜時の前方風景。上は車体基準、下は前方風景基準での視点

曲線部分の軌道は、通過時に車両にかかる遠心力を打ち消すため、傾斜(カント)が設けられている[3]。それでも速度が高すぎると乗客はカントで打ち消されなかった超過遠心力を感じるために乗り心地を悪化させたり[注 1]、さらには車両の転覆につながったりする。そこで、曲線通過時に車両にかかる超過遠心力の限度[注 2]を設け、さらに曲率半径とカント量に応じて制限速度が設けられている。

列車の最高速度が低かった時代はあまり問題とされなかった曲線区間の制限速度であるが、最高速度が向上するとスピードアップのための障害となった。平坦な場所を走行する幹線では元々曲率半径は大きめに取られているが、山岳路線やローカル線では敷設条件から半径の小さい曲線が小刻みに連続する。根本的な解決には、長大なトンネルを掘ったり橋梁を架けたりして迂回していた区間を直線化するなど大規模な土木工事により軌道の線形を改良することになるが、これは莫大な工事費と時間を要する。

そこで、既設軌道の改良による設備投資を抑制しつつ列車の高速化を廉価に実現するため、より高速で曲線を走行しようとする場合、増加する遠心力への対策が必要になる。転覆の危険については、カントの傾斜角を増やすことにより遠心力を車両の垂直方向に振り向け、水平方向にかかる加速度を減らすことで低減できる。同時に車両の内装や屋根上を軽くするなどして車重を減らし、重心を下げることでも転倒の危険は低減される。しかし、列車が曲線で停止した時に車体が傾きすぎないようカント量には限度が設けられている。特に曲率半径が小さい場合、カント不足となりやすい。

従って、車両(十分に重心が低い車両)によっては「転覆の危険なく通過できる」が「乗り心地の問題」によって曲線通過速度が制限されると言う事態が想定されうる。この時適当な方法で乗客にかかる横方向の加速度を減じることができれば、その分曲線通過速度を向上できる。その答えの一つが、何らかの機構により、曲線区間のカントの不足分を車体自体を傾斜させることで補う、車体傾斜車両である。

なお、車体傾斜機構は乗り心地を維持したままスピードを上げるための仕組みであり、軌道や車両にかかる荷重を減らすためのものではないため、曲線部での速度超過による脱線を防ぐことはできない[注 3]。そもそも車体にかかる遠心力は、その速度・質量・曲線半径により一意に定まる。遠心力を減ずることは不可能(車体の水平方向、垂直方向成分の振り分けをカントにより変えられるだけである)である。そのため車体傾斜車両を用いて高速化を行う場合は、曲線区間で増す遠心力による側圧増大対策などのために、軌道強化が必要となる[注 4]。軌道強化が実施されていない区間では速度を高められないためカント不足とはならず、車体を傾斜させる必要がなくなり傾斜機構を停止させて運用されることもある[注 5]。すなわち車体傾斜システムだけでは曲線区間の高速化はできず、車両の低重心化と軌道の強化も行うことで初めて高速化が成される。

また、全員着席していること等を前提に乗り心地の悪化を妥協し、車体傾斜機構を備えない、あるいは車体傾斜装置を従来より簡素なものする、という選択もありうる[注 6]
分類と機構
自然振り子式自然振子式の国鉄381系電車

自然振り子式は、車体傾斜の回転中心を重心より高い位置に設定し、曲線通過時にかかる超過遠心力を利用して受動的に車体傾斜を行わせる。車体と台車枠を繋ぐ形で取付られたリンク機構や、台車枠上に取付けられたコロまたはベアリングにより、転動板で傾斜できるようにした振子ばり[注 7]で車体を支持・傾斜させることを利用して車体傾斜の仮想的な回転中心を設定し、傾斜動作を円滑に行えるように設計する例が多いが、自然振り子式にこれらの機構部品が必須なわけではない。後述するスペインタルゴ・ペンデュラーのようにこうした機構を一切備えず、空気ばねによる枕ばねを車体の天井付近に置き、車体傾斜の回転中心を天井よりも高い位置に設定することで簡潔に自然振子を実現した例も存在する[4]。また、日本で最初に車体傾斜式車両を試験した小田急電鉄の車両も、左右の高い位置の空気ばねを連通して遠心力で受動的に内傾するものだった[注 8]。自然振り子式は比較的シンプルな機構ながら大きな効果が得られ、日本国有鉄道(国鉄)では、1973年国鉄381系電車で営業運転を開始した[5]。しかし曲線(特に緩和曲線)を通過する際に、「振り遅れ」や「揺り戻し」と呼ばれる振動が発生して乗り心地を悪化させるため、乗客に不快感を与えたり乗り物酔いを引き起こす原因となることがある。これは傾斜装置の摩擦等の要因により、一定以上の遠心力がかからないと車体が動かず、あるいは遠心力が一定以下にならないと戻らないために生じるものである[6]。また振子の動作により車体の重心が曲線の外側に移動するため、車体の重心を下げることで高速走行に悪影響が出ないように設計されている。

381系台車の振り子機構では、台車枠に中心ピンと側受を有し、台車枠に対して舵取り可能な回転ばりが乗り、回転ばりの上には左右にコロが取り付けられ、その上に振り子動きをする枕ばりが乗る。車体は空気ばねを介して枕ばりに乗り、前後力を伝達するボルスタアンカが回転ばりと車体を結合する。振り子動きに伴いボルスタアンカが傾き有効長が変わるが、その変位は空気ばねが前後方向に変形して吸収する。コロには上記前後力で上に乗るコロ受けとの間で滑らないようにツバが設けてある。コロはニードル軸受けで支えられているが、上記のボルスタアンカ有効長変化による空気ばねのこじりなどにより振子抵抗が大きく、乗り心地の阻害要因となっていた。

日本の振り子式車両では最大傾斜角は5 - 6度となっている[7]
制御付き自然振り子式カーブを通過するJR四国2000系

上述の自然振り子式の問題は、曲線の外側に向けて傾斜装置の摩擦を打ち消す程度の力を加えておけば解消される。制御付き自然振り子式は、自然振り子式の機構に空気圧などによる能動的な傾斜制御を追加したものであり、強制車体傾斜方式と同様に、曲線を検知して車体の傾斜角度を制御する装置が必要となる。従って、制御を切れば自然振り子式としての動作も可能であるが、その場合は自然振り子式の問題もそのまま発生する。国鉄では自然振り子式での「振り遅れ」「揺り戻し」などの問題の解決を目指し、1981年から1982年にかけてTR906・TR907・TR908と3種の台車が設計され、アクティブ車体振動制御装置や横圧低減対策などと共に、自然振子式を改良した制御付き自然振り子式が開発・搭載された。さらに、これらの開発で得られたデータを元に、1985年にはDT51X・TR236Xと本格量産を念頭に置いた改良型台車が設計されたものの国鉄時代には量産には至らなかった。

TR908台車の振り子機構では従来あった回転ばりは無く、台車枠の上にコロ、カムフォロワを介して振り子ばりが直接乗る、台車のかじ取りは振り子ばりと車体の間で行う。ころにはつばのない円筒形コロを使用し、前後力による動きを抑える為、前後にカムフォロワを配置する。高速走行時の蛇行動抑制の為に振り子ばりと車体の間にヨーダンパを左右に設けるが、その減衰力は舵取り性能を落とさないよう最小限に留められている。[8]

TR908台車は中央西線で行われた走行試験において優れた性能を発揮したが、コロ装置の防塵が充分でないなどの問題点もあり、コロ装置の構造を改良したTR908A台車が設計製作され、湖西線などで行われた現車走行試験を経てその後の振り子台車に広く採用された。[9]TR908A以降のコロ式振り子台車に採用されたコロ装置の利点は、潤滑の必要なニードル軸受けは全てシールされた軸受箱内に収められており、保守が容易な事、また、振り子ばりと台車枠はコロ受け―コロ―ニードル軸受け―台車枠と摩擦で結合されており、車体―ヨーダンパ―台車枠間の剛性が高く、高速走行安定性に優れる点が挙げられる。欠点としては直線走行時コロ受けとコロが同じ場所で接触するため、コロ受けに段付き摩耗が発生することがあり、対策として耐フレッティング性に優れたグリースの採用により抑制される。また振り子式気動車においては、機関と台車を繋ぐ推進軸の伸縮機構によって発生する伸縮抵抗が車体傾斜に影響を与えることを無視できないとの理由で実用化には至らなかった経緯があったが、国鉄分割民営化後の1988年5月に鉄道総合技術研究所がキハ58系のDT22形台車を改造した振り子式台車の試験を行って遜色ない性能を確認できたため[10]1989年設計の四国旅客鉄道(JR四国)2000系気動車で初めて実用化の機会を得た[11]。同系の成功により、以後この方式は全てのJRグループ旅客会社が採用している。

実用化された制御付き自然振り子式では、車体の傾斜制御は以下のようにフィードフォワード的に制御される[12]。まず、予め線路上の曲線部ごとのカント等のすべての地上データの情報をあらかじめ指令制御装置と呼ばれる車上装置へ組み込まれたマイコンに記録しておき、そこで記録された曲線情報は、速度発電機と地上にあるATS地上子を使用して得られる絶対位置情報と速度発電機の検出で得られる速度情報を基に、緩和曲線区間での適切な車体傾斜角度を計算する。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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