挫滅症候群
[Wikipedia|▼Menu]

挫滅症候群
別称クラッシュ症候群、バイウォーターズ症候群

1985年のメキシコ地震で倒壊した建物。地震は挫滅症候群の主な原因である。
概要
診療科救急医学集中治療医学
発症時期急激に悪化することがある。
原因体組織の挫滅損傷、損傷部位の除圧
合併症ショック腎不全高カリウム血症心停止
分類および外部参照情報
ICD-10T79.5
ICD-9-CM958.5
DiseasesDB13135
MeSHD003444
[ウィキデータで編集]

挫滅症候群(ざめつしょうこうぐん、クラッシュ症候群、外傷性横紋筋融解症[1]またはバイウォーターズ症候群[2]とも)とは、骨格筋の挫滅損傷(英語版)後の重度のショック腎不全を特徴とする病状である。挫滅損傷とは、腕、脚、または身体の他の部位が圧迫され、身体の患部に筋肉の腫脹および/または神経学的障害を引き起こすものであり、挫滅症候群は全身症状を伴う局所的挫滅損傷である[3]。この病状は、地震などの大災害で、倒れたり動いたりする石積みの下敷きになった人によく起こる。救出まで患者が比較的元気であっても、急変の可能性がある[4]

挫滅損傷のある人は、外傷診療において最大の難題のひとつであり、負傷現場で医師の注意が必要な場合がある。負傷者の病態生理学的に適切な救護が必須である[5]。挫滅部位の不用意な除圧により、挫滅組織からミオグロビンカリウムなどが全身に急激に放出され、ショック腎不全、致死的な不整脈による心停止すら生じることもある[6]

患部を切断せずに患者を解放することが可能な場合もあるが、極限状況では負傷現場での切断が必要になることもある。重症であることが見落とされる場合もあり、致死率は比較的高い。日本においては1995年阪神・淡路大震災において有名となった。
歴史

日本の医師である皆見省吾が、1923年に挫滅症候群を初めて報告した[5][7][8][9]。彼は、第一次世界大戦中に腎不全で死亡した3人の兵士の病態を研究した。腎の変化は過剰なミオグロビンの蓄積によるもので、酸素不足による筋肉の破壊が原因であった。

皆見省吾はドイツ帝国留学中に論文[10]を「Virchows Archiv」誌[11]に寄稿している。これは第一次世界大戦の戦傷の腎不全による死者の病理学的検討である[7][8][9]

皆見省吾の論文要旨

症例1: 砲兵上等兵。受傷後13時間後に収容。左大腿及び下腿に受傷。受傷4日後に尿が混濁し、その日の夕方死亡。剖検で左大腿上部の筋肉の壊死が著明。

症例2: 塹壕の中で砲弾が炸裂し両下腿に受傷。受傷4日後濃い血尿となり無尿。その夕刻に死亡。

症例3: 右上肢、腰部に鈍的打撲。5日後尿量減少。7日後死亡。


腎実質の急性退行性変性は急性自家中毒であり、これはメトヘモグロビン尿、腎のメトヘモグロビン梗塞の像が示している血球破壊によって証明される。これはすべての生き埋め例で見られる多数の壊死部の筋肉蛋白崩壊に基因している。

この症候群は、後にイギリスの医師エリック・バイウォーターズ(Eric Bywaters)(英語版)によって、第二次世界大戦中の1941年のロンドン大空襲(ザ・ブリッツ)の際の患者で報告された[12][13]。そこで、報告者の名にちなんで挫滅症候群はバイウォーターズ症候群とも呼ばれるようになった[12][2]
原因および症状

身体の一部、特に四肢が長時間圧迫を受けると、筋肉が損傷を受け、組織の一部が壊死する。その後、圧迫された状態から解放されると、壊死した筋細胞からカリウムミオグロビン乳酸などが血液中に大量に漏出する。発症すると意識の混濁、チアノーゼ失禁などの症状が見られる他、高カリウム血症により心室細動心停止が引き起こされたり、ミオグロビンにより腎臓尿細管が壊死(急性尿細管壊死(英語版))し急性腎不全を起こしたりする。

戦災、自然災害、事故に伴い、倒壊した建物等の下敷きになるなどして発症する場合が多い。圧迫からの解放直後は、意識があるために軽傷とみなされ、その後重篤となり死に至ることも少なくない。まれに、特定の筋肉を過度に酷使する運動を行うことにより発症する場合もある。スポーツの加圧トレーニングによって挫滅症候群を発症した事例が報告されている[14]
病態生理

この症候群は再灌流障害(英語版)であり、挫滅圧力の解放後に生じる。その機序は、横紋筋融解症虚血状態によって損傷した骨格筋の分解)の産物である筋分解産物、特にミオグロビン、カリウムおよびリンが血流に放出されることであると考えられている。一方、本症の病態は筋肉の直接的な挫滅に限らず、長時間の圧迫による血流、循環障害が本態であることから、英名はCrush syndromeであっても、和名はそれの直訳である挫滅症候群ではなく、圧挫症候群と呼称している学会組織もある[4][15]

腎臓に対する特異的な作用は完全には解明されていないが、ミオグロビンの腎毒性代謝産物によるところもあるかもしれない。

最も壊滅的な全身への影響は、事前の適切な準備なしに挫滅部分の圧が突然解除され、再灌流症候群を引き起こしたときに起こりうる。組織が直接的な挫滅を受けるだけでなく、四肢の組織が突然再酸素化される。適切な準備がなければ、患者は疼痛コントロールにより、再還流前は元気であっても、その直後に突然死亡することがある。これはsmiling deathと呼ばれる[16]

こうした全身への影響は、外傷性横紋筋融解症によって引き起こされる。横紋筋融解症では、患部に水分、カルシウムナトリウムが吸収される一方、カリウム、ミオグロビン、リン酸、トロンボプラスチン(英語版)、クレアチンクレアチンキナーゼが放出される。詳細は「横紋筋融解症」を参照

挫滅症候群は、患部を放置すると、コンパートメント症候群から直接発症する可能性がある[17]。症状には、疼痛(pain)、蒼白(pallor)(英語版)、パレステジア(paresthesia)(英語版)(ピンと針が刺すような痛み)、麻痺(paralysis)、脈拍触知不可(pulseless)という「5つのP」が含まれる[18]。詳細は「コンパートメント症候群」を参照
治療クラッシュ症候群の進行の流れ図。図中の略語は以下の通り。 MC:Most common(最多)、#: 骨折、MODS: multiple organ dysfunction syndrome(多臓器不全症候群)、RTN: renal tubular necrosis(腎尿細管壊死)


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:53 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef